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No.18 2014年11月 つわものどもがゆめのあと…

 江戸時代初期より日本には、前線で戦う者たちに「武士道」という思想が根付いてきました。正義を貫く為に大義の為に戦い抜く糧とされていました。しかし戦闘者としての生存術、家臣としての処世術など、己が信ずる道は様々であり、時としてそれは争い事の種ともなり得る「自由な哲学」でもあったと言えます。

 仲間の為に、チームのために、応援してくれる人のために、あるいは自分自身の欲のために、ダーツという競技の中で戦い続ける人たちを十年以上この目で見つめ続けてきました。

 私がダーツに携わる様になった初期の頃、国内のダーツの普及は現在の一割にも満たず、ダーツバーにおいてはソフトダーツ機を4台以上設置している店舗は僅かで、殆どが個人経営の店ばかりでした。ダーツはリース機が主流で、ハッピーアワー(低額でダーツを投げられるシステム)等は無く、消費者の利用額は今の倍額以上、日中に営業している専門ショップも都内に数か所程度。どうしてもダーツを練習する時間や金銭的に限度が見えてしまい、日々練習できる環境はダーツバーのスタッフに限られてしまっていました。そのため必然的に、ダーツバーに集まる人の中で最も技術が優れている強者は、そのダーツバーで働くスタッフまたはオーナーというのが当たり前の事のように思われていたのです。
 そんな中でも稀にスタッフを打ち破るほどの上達者が出てくると、ダーツバーの関係者ではない事から、その達人は「サラリーマンプレイヤー」と呼ばれ、希少な存在とされていました。

 競技としても企業としても未来を感じるモノとは言い難く、趣味趣向の一環でしかなかったダーツに投じる時間と金銭は、その余裕のある社会人たちの流行り廃りの遊びと考えられていた時代。ただ勝ち上がりたいとか強く在りたいとかそんな欲望に憑りつかれ、成りたての社会人としての人生を切り裂く事にすら恐れを感じなかったのは、私がまだ二十代という若さ故の直向きさを持っていたからでしょうか…。無論、その青臭さが無ければ今の私も無かったという事。後悔などは一切しておらず、それどころか「自分を夢中にさせてくれる何か」に出会えた事、その夢に我武者羅に突っ走れた瞬間があったという事、そして今も尚、その「何か」に形は違えど携わる仕事を持てているという事。今を結果とするならばそれは間違いなく幸福な人生と言えるでしょうね。
 ですが私の選手としての後期、戦い続ける自分に疑念と焦りそして不安が芽生え始めました。もっと強くなりたいまだ戦い続けていたいという思いとは反比例するかのように、仕事や金銭的な不安も頭を過るようになったのです。社会人としての未来…再婚などは一切考えてはおらず、生涯働いて生きていくと決め30歳を目前にした頃、将来的な地位や貯蓄や社会保障を必要とする自分との葛藤に悩むようになりました。
 昨今ではダーツのプロライセンス取得者の半数程が所謂「サラリーマンプレイヤー」であり、仕事とダーツの両立を熟している方々が数多く存在していますね。スポンサー企業等から金銭的なサポートを受けていなくても、労働で得た収入と時間の調整をして、日々精進せんと練習を重ね、全国各地のプロツアーに遠征と参戦をしている方々。その苦悩の数々を私は自分の胸が痛む程共感できます。
 ダーツ人口の大半は20代半ばから30代後半であり、その世代こそ社会では最も働き盛りと言われる歳でもあります。数年の間ダーツという競技に費やしてきたお金と時間、ふと気づけば職場では昇格や昇給の出世街道を突き進む同僚に取り残され、ふと振り返れば競技者としても伸び悩んだ挙句に鳴かず飛ばずの結果ばかり続いてきたと気づいてしまった時、嘆きと共に焦りや不安が芽生えてくるのではないでしょうか?
 また今現在プロツアーにも参戦し、職業がダーツバーのスタッフやインストラクターを務めている方々にも、サラリーマンプレイヤーとは一足遅れて迷う時期が訪れるのではないでしょうか?

 日本のダーツ業界では常にトッププレイヤーと言われる選手が入れ替わり、その継続期間は平均的な数字で3年。稀に例外的な選手も存在しますが、それは片手で数えられる程度の人口でしょう。常に上は入れ替わり、そして流行も名声も入れ替わっていくものですから…。
 今は知名度もあり需要もある選手であっても、トップの座から降りた後に歳を重ね老いていけば必然的に需要がなくなってしまうのです。酷な考え方かもしれませんが、スタッフとしてインストラクターとして、給与等が絡んでくるビジネスである以上必要とされる人材は「旬」である事を求められます。そういった面では特に女性の方が荒波に流されてしまうでしょうね。
 女性の場合は選手としての競技能力やカリスマ性よりもアイドル性を強く求められます。ダーツだからではありません。ビジネスだから、当然の事なのです。故に、広告塔としての女性の需要は20代までと言わざるを得ません。では、働き盛りも旬も過ぎてしまい退くべき時が来た日、その足は何処へ向かえば良いのでしょうか?

 一般的なスポーツや競技でのプロ選手は「社会人選手」と言う、所謂「スポンサー企業に勤めている」社会的な保障をも持つ人たちですが、ダーツという世界には何故かあまり浸透されていないのが現状ですね。競技とは無関係な職も務めながらも練習する時間を与えられ、試合や遠征には(程度は違えど)サポートしてもらえ、勿論社会人としての保障も受けられる…ダーツの選手たちにとっては夢のような話ですが、国内の様々な競技者たちには昔から当たり前のように在る制度だと思います。
 そんな話を夢物語にしてしまっているのは、ダーツに関わる企業各社がプロとして戦う選手たちの社会人性を認めてはいないからでしょう。スタッフとしてインストラクターとして一時的にでも職を与えるという事は、その人間の人生を請け負うという事です。表舞台での活躍から退いたからと言ってスッパリと首を挿げ替えてしまうのでは余りにも無慈悲。裏方や事務職としてでも社会人として生きていける道を、その生涯の最期までの歩みを見据えた「未来」を与えて欲しいです。そうでなければ、今この時を戦い続ける選手たちがいつしか不安と焦りに足止めを喰らって、全力で人生を投じて戦い抜く事が出来なくなってしまうから。

 日本の競技としての発展は、一時的な飛躍を過ぎてからの歩みは速度を落としているようにも思えますが、それでもまだまだダーツという世界は躍進を続けていく事でしょう。今は競技としてよりもイベントとしてその幅を広げる方に力を注ぎ、各方面からの企業を取り込む時期でもありますね。プロフェッショナルの団体を維持する事や各地方でトーナメントを運営するには、スポンサー企業は必須です。携わる企業が増えない事には運営やシステムの改善をするのは難しいでしょうから。
 今後もダーツ業界に関わる人たちが増え様々な知識を持った人たちが交われば、いつか選手たちが社会人として勤められる時代が来るのでは…というのは、私の身勝手な夢物語でしょうか?

夏草や
兵どもが
夢の跡

「おくのほそ道/松尾芭蕉」

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