Special Person Interview

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森本 高仁、DMC

No.27 Vol.55. 2012年5月号 森本 高仁 DMC 

Q:DMCが創設されましてから10年以上が経ちました。今までのことやこれからの目標などをお聞かせください。
A:この10年の間にバレルという商品を取りまく環境は大きく変わったと思います。最も大きな違いとして、今までバレルは消耗品ではない商品だったんですが、それが最近、消耗品になって来たということですね。そして今後はもっと消耗品になっていくだろう、というのが今、僕の思っていることです。
 過去10年間DMCは全く品質を変えずにやって来ました。また2年前には値下げも断行いたしました。しかしダーツ環境は着実に変化し、そして競合する他社のクオリティーも伸びて来ていますから、DMCにもさらなる努力が求められていると思っています。
 そこでバレルはこれからどう進化して行くか、ということを常に考えています。今までもDMCとして出来るだけのクオリティーを追求して来たのですが、さらに研究を重ねたいですね。現在、開発中ですが「変色しないタングステン」「摩耗しにくいタングステン」などに挑戦しています。
 要するに、今までは若干分かりづらいところのクオリティーなどがあったんですが、これからは「確固たる違い」を出さないことには一つの商品としてのクオリティーとは言えなくなってくるんだろうと思います。

 

Q:「消耗品」とおっしゃられましたが、どういった意味ですか?
A:一番の理由としてプレイヤーのレベルが上がったので、グルーピング率が高くなり、バレルが痛むのが早くなって来ているんです。そしてバレルメーカーがたくさん増え、色々な種類のバレルが市場に溢れているので「あれも投げてみたい」「これも投げてみたい」というエンドユーザーのニーズがあると思います。昔と比較したら、選手たちがバレルを短期間でよく買い替えるようになって来たんですね。

 

Q:特にここ数年、業界でメーカーがたくさん増えて来て、競争も激しさを増していると思いますが、DMCの社長としてこれから明確に持たれている戦略などはありますか?
A:日本で最初に機械を導入して「メイドイン・ジャパン」バレルを削った会社ですから、当然胸を張って王道を進んで行きます。さきほども言いましたが、果てしなくクオリティーを追求しようと思います。例えば他社では真似の出来ないような材料開発でしょうか。繰り返しになりますが、今は変色しにくい材料や摩耗しにくい材料の開発に全力を注いでいます。もう、王道ですね。

 

Q:DMCプレイヤーとしてたくさんの選手を抱えていらっしゃる中で、最近は選手のハードルを少し高くして、とにかく活躍するプレイヤーを大事にしていきたいと常々おっしゃっていますね。特に昨年末に香港で開催されたザ・ワールドの決勝でポール・リム選手と勝見翔選手の決勝戦を見に行かれて、DMCの社長としては見ていられないと言いますか、「この2人のどっちが勝つんだろう」という展開でしたが…。
A:その場面は香港に行っていましたけど、決勝戦までの試合は本当に本人と同じくらい緊張しながら見ていました。まぁ~、興奮しましたね。正直、決勝戦はちょっと力が抜けてしまって、もうどっちが勝っても、というか…。翔がジョン・パートに勝ったときなんか、かなり興奮して鳥肌が立ちました。あれはもうホンマに凄かったです、言葉では言い尽くせないですね。

Q:そのザ・ワールドの決勝で、優勝が1千万、準優勝が3百万という賞金の差がありましたね。前号のインタビューで勝見選手はあまり意識していなかったと言っていましたが、本当はどうだったのでしょうか?(笑)。
A:翔は試合が終わってから気づいたと言っていましたね。決勝戦はフルレッグまでもつれたゲーム展開だったんです。実は最終レッグはちょっと「大丈夫かな?」という試合内容でした。
 やっぱり2人とも相当プライドと優勝の重みを意識していたんじゃないですかね。翔はもう疲れ切っていて、ジョン・パートとの対戦で力を使い果たしたように見えました。ポールは確実に賞金や名誉というものを意識して投げているように感じました。賞金額が大きいだけに、決勝では特に…(笑)。

 

Q:ザ・ワールドでは今年になってから第一戦をポール・リム選手が取り、第二戦は勝見選手が取って、大活躍の2人ですね。
A:特に翔に言えることなんですけど、一皮剥けたというか「ちょっと頭一つ出たな」という…1年前のアニー選手を思い出すくらいのイメージを持っています。前回のJAPANでもすごい試合を見せましたからね。ただ、世間で言うところの賞金トーナメント、お金のかかった試合が増えて来ていますから、これからはニュータイプの化け物みたいな選手が絶対に出てくることでしょう。
 JAPANなどの試合を見ていますと、今まで巷で上手いと言われていた人が無名選手としてベスト16やベスト4辺りに残り始めているくらい、本格的にセンスを持っている人々が登場して来ていると思います。先日翔から「なんとか勝ちました」という電話がかかって来ましたが「気い抜くなよ、まだまだこれからやぞ」と答えたんですけど、今はちょっとドライに考える時代になって来ていますよね。1回勝って浮かれているようでは、トップに立てません。

 

Q:今年からはプロステージが3つになって、DMCプレイヤーもそれぞれに主戦場が違いますが、社長から見てどのように思われますか?
A:それに関しましては、DMCから選手にどうこうしろというような指示は一切ありません、全て選手に委ねています。ただ、綺麗に分かれたなと(笑)、そういう感覚はありますね。
 うちのSランク選手の勝見、知野が2つにきっちり分かれたということ、清水、黒川にしてもきっちり分かれましたし、まぁ偶然ですけど良かったと思っています。

Q:DMCクラシックが今年ついに10周年を迎えますが…。
A:そうですね。10年一昔とか、10年文化とか色々な言葉を聞きますけど、まぁよく10年もトーナメントをやって来られたなというのが、まず一つですね。これまでトーナメントに参加して頂いたプレイヤーの方々には本当に感謝していますし、今後もまた行きたいトーナメントに加えて頂けるように努力したいと思っています。
 そこで今年は「今までには無かったこと」を新しく取り入れて、より魅力的なトーナメントを開催したいと思っています。お客さんに還元出来るような形もいいですよね…なんと言っても10回目ですから…。
 今までクラシックに関しては「盾」がメインだったんですけど、その辺もオリジナルでトロフィーを作ろうかなとか。海外で作らせるのではなく、DMCが自作で作ってみようとか。
 MCもPDJ ファイナルでおなじみのDMCプレイヤーでもある山田太一にお願いしていますし、今回からマシンもダーツライヴになる関係もあり、ダーツライヴならではのブーススペース等も用意する予定です。第10回大会ということもあって、各方面からご協力を頂いており、とても感謝しております。


Q:新しく外国人2人がDMCプレイヤーとして契約したそうですが…。
A:はい、アメリカのスコット・カーシュナーと、もう一人は香港のプレイヤーですがこちらは夏頃から加わる予定です。

 

Q:外国人と契約した理由は?
A:当然、海外に少しずつ進出していくのが目的ですね。彼らのおかげでDMCの海外での認知度も上がって来ています。

Q:PDJは今年4年目になりますね。もうすぐ始まりますが、責任者として今年の企画などはどうでしょうか?
A:お陰様で去年からメインスポンサーとしてダーツライブが付いていただきました。そして今年からも引き続き3年間の複数年契約という形でメインスポンサーとして決定いたしましたので、より安定した形で運営できるようになりました。
 西日本・東日本予選というのは基本的に去年と全く同じスタイルで行います。そしてビッグニュースですが、ファイナルに関しては今のところJDO、TDO、JSFD、JDAなどのスティールの各団体からの代表を計4名招待し、ファイナルに出場して頂くという企画が進んでおります。予選からの進出者8名と招待選手4名の計12名で今年のファイナルは行われます。
 そのため今年は予選で3位決定戦を行います。西日本・東日本の予選通過者3位4位が、まず各団体から選出された選手と最初に試合を行う形式になります。予選通過者1位2位は、その後の4人との試合で登場するということになります。
 いろいろな理由で今までPDJに参加していなかった、あるいは参加出来なかった人もいると思います。仮に強い選手がいた場合、この企画をやることで「日本のハードダーツ業界で本当に一番強い選手は誰なんだ?」というのが分かることでしょう。
 我々がPDCのワイルドカードをお預かりした際にPDCから強く要望された事は二つ。「誰もが縛りなく参加できること」そして「日本で一番強い選手を送ってくれ」この2点です。今回各団体の協力が得られれば、本当の意味での「日本で一番強い選手」を送る事が出来ると思っています。現在のところ、概ねこころよい返事を頂いておりますので、ほぼ実現できるとの感触を得ております。
 スティールの各団体に所属してトーナメントに参加している選手達にとって、大きな励みになるのではないでしょうか。
 また本家本元のイギリスのBDOやPDCの関係なども複雑です。それでも日本は日本の流儀で…と考えて各方面の協力をお願いしたいと思っています。


Q:昨年末、PDCワールドチャンピオンシップに村松選手が行って第1戦に勝って、なんとあの夢の舞台でフィル・テイラーと対戦!彼も「初めて90打ちましたよ!」と言ったくらい楽しかったようですけれども、そういうのは本当に良いですよね。
A:いやー、もう本当に。日本のプレイヤーが成長しているというか、プレリミナリーラウンドを勝つ、というのが当たり前のスタンスになりつつありますね。プレリミナリーラウンドに勝てるようになったのはPDJが担当するようになってからです。それまでは一切勝ったことは無かったですからね。
 過去2試合目はかなり強い選手に当ってしまい、残念ながら未だ突破はないですが、あと3年か5年くらいしたら、もしかしたら夢の決勝の舞台に…みたいなね(笑)。期待したいですよね。
 森本高仁、個人として今年は勝見翔と一緒にイギリスに行く約束をしています。翔もイギリスに行きたいということで、今年もPDJで頑張ると言っていますから活躍を見てみたいですね。あれだけザ・ワールドを騒がしている勝見翔が今年PDJで勝ってPDCに行くと、多分、治樹やアニー以上に注目選手として挙げられるのではないかと思います。でもそうなってくるとザ・ワールドのファイナルの香港に行ったその足でイギリスに行くことになってしまいますね。ギリギリのスケジュールになります。う〜ん、嬉しいけれども忙しそうですね。

Q:去年の震災の丁度その日に仙台に行かれていたんですよね?その後、お電話でお話しましたが、大変だったようですね。1年程経って、思い起こしていかがですか?
A:当日仙台空港に着いて3時間後くらいに地震が起こり、そして津波が来ました。僕は山の方のトーナメント会場のホテルにいて、巨大な揺れを体験しました。そしてその後ダーツ関係者の山形の自宅に避難させていただきました。停電で携帯電話も充電できず誰にも連絡することも出来ないとか、もう本当に「自分は無力だな」というのを体験した数日でしたね。

 この日のことを忘れずに、これから生きて行こうと決めたくらい、本当に自分って無力だなと…。食料を買いに行くと、どこも百人も二百人も並んでいて売っているのはバナナでした。バナナ買うのに百人並ぶのか…とこうなった時に、これは誤解をしないでほしいんですが、お金というものは全くの無力なんだなと思いましたね。ガソリン入れたくてもズラーッと車が並んでいるところを数時間待って、10リットルしか買えないという状況でした。もうどうしたらいいの?という感じで途方に暮れましたね。
 これは余談ですが避難させていただいた家はオール電化だから何も使えなかったんですよね(笑)。もっと言えば僕は出来るだけ早く大阪に帰りたかったんです。何故かといえば、無力だからですよ。僕が一人そこを離れれば、食料が一人分減るんです。一刻も早く帰ってあげるのが、救援と一緒のことだと思ったんです。
 その気持ちがあるから、多くのチャリティーに参加したり、昨年の僕の誕生日は経営するお店の売り上げを全部義捐金にしたりしました。大阪チャリティー協会というものを作って、トーナメントチャリティーを行い、過去に百何十万を義捐金として送りました。DMCからも何十万か寄付したり、1年経った今もチャリティーを続けています。
 でも、地震というのはいい勉強になりましたね、今でも考えさせられます…。

 

Q:一昨年にお会いした時、何かご病気になったと聞きましたが?
A:これは面白い話なんですが(笑)。一昨年のDMCクラシックの前日に通風を発症しました…。発症した理由もねぇ…実はDMCクラシックの4日前に僕、車を盗られたんですよ。100円パーキングに入れていたんですけど。トランクに大事なものや現金なども入っていましたし。車のトランクって結構僕の中では金庫的な存在だったので、集めてきた大事な一升瓶3本とかね、もっと言えば有名ミュージシャンサイン入りのCDなんかも、ザーッと何十巻全部揃っていたやつとか、そういう思い出に残るようなものとかが入っていたのを車ごと盗られたんですよねぇ。

 それでヤケ酒で朝まで飲んだんですよ…。そしたらもう、悪いことって重なりますよね。「足痛ったー!」ってなってもう…(笑)。まぁそれでも歩けるくらいだったので、痛いながらもDMCクラシックの設営に行って、でも途中ですごく痛くなって、車椅子のようなものに乗せられてやってたんです。
 当然選手がいっぱい集まって来るわけですし、前夜祭もあるし、ポールは「神戸ステーキ」言うしね(笑)。まぁポールも遠い所から来てるわけだから、スタッフ連れて神戸ステーキのお店に行って…僕は通風だから豆腐ステーキ、お酒は飲まずにウーロン茶ですよ(笑)。みんなはビール飲んで…なんかもう辛いなぁと思いながらも痛いから耐えていたんですよ。
 そしてその後、前夜祭するところに着いたら続々と十何人の選手たちが集まっていて、「ごめんごめん、遅れて~」とか言いながら、みんなの姿を見ているとなんかねぇ、楽しそうになって来てもう、飲んじゃったんですよねぇ、またぁ。出てんのにも関わらずぅ、一時ね、痛みが取れたんですよ、調子乗って飲んだんですよ。そしたらもう次の日ド―ンッって身体動かなくなりました(笑)。もう神戸からタクシーで大阪まで行かせてもらってね。病院でチーン…っていう感じですよね。
 だから今も爆弾持ちですよ。でも今日辺りツイッターに書こうかと思っていたんですけど、ここ1週間を振り返ってみると、僕、寿司と焼き鳥しか食べてないなと思って。またやってるわ、みたいなね(笑)。寿司・焼き鳥・寿司・焼き鳥・寿司・焼き鳥ですわ。
 本当に食事がふと気になりましてね…でも今日もお昼お寿司だったんですよ。お寿司食べている時に「待てよ?俺、鳥・寿司・鳥・寿司・鳥・寿司」だなと思ってね、4日間連続で焼き鳥食べてるんですよ。で4日間連続でお昼ご飯お寿司なんですよね。「アカンやんけこれ!」みたいなね、栄養のバランスが本当に悪いんでねぇ、本当に考えないと、と思ってます(笑)。皆さんも気をつけてくださいね。

 

Q:10年前と比べると少しずつブームになって来て、商品もどんどんと出て来るようになり、プレイヤー層も厚くなってトーナメントも多くなって、と着実に成長して来ました。これだけ大きくなって来た業界に対して、今業界の中枢にいらっしゃる森本さんからご覧になってどう思われますか?
A:僕は選手と同じ視線で見るので、続くのであればJAPAN、D-クラウン、パーフェクトと、選手にとっては非常に良い環境になったのではないかと思います。賞金もまるでダーツバブルかと思えるほど出ていますから、本当にいい状況ですね。ただ、業界にいる僕が裏側から見ると「そうでもないかな?」という部分もやはりあります。そこは化けの皮が剥がれてくる時が必ずややって来ることでしょう。
 ダーツを一過性の流行で終わらせることのないように、文化として根付かせたいと思います。そこが重要なポイントだと思いますので、長く続けて行けるように最大限の努力を惜しまない覚悟です。

DMC をよろしくお願いいたします

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