Special Person Interview

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アスカダーツ、ASUKA DARTS、五十嵐 信一、Shinichi Igarashi

No.39 Vol.63. 2013年9月号 ASUKA DARTS代表 五十嵐 信一

ダーツ業界に入られた時期と経緯を教えてください。
 僕はビリヤードが好きで渋谷のある店に入り浸ってたんですが、そこのスタッフ達からダーツショップをやりたいと持ちかけられまして、じゃあちょっとやってみようかなという軽いノリで始めたんです。それが2005年の5月のことで、池袋に『武士ダーツ』というダーツショップをオープンしました。
 オープンはしたんですが、実はその時はあまり興味が湧かなかったんですよ。正直、ダーツよりもビリヤードの方がやっぱり面白いなと思っていましたね。でもその何ヶ月後かに、当時はまだ少なかったダーツライブを導入にすることになって「これは面白い!」と、突然ハマり出したんです。

現在ダーツバーが1軒とダーツショップが3軒、更にディーラー業もされていますね。
 はい。ディーラー業は小規模ながらやらせていただいていますが、小規模に留めているのはいくつか理由があります。
 最初に僕がまだなんの興味もない状態であるダーツバーに行ったんですが、そこがすごくずさんな雰囲気で、これは馴染まないなという印象を持ったんです。それもあってこの業界に携わった時は、正直「こんなにいい加減なのか」と思ってしまったんです。もちろん払拭された部分は大きいですが、あまり深入りできないなと一線を引いているところもあるかもしれないですね。
 それから、コインが貯まったものをディーラーと店舗が折半するというシステムにも疑問を持っていました。またその頃は一台のマシンに30万円とか、ものすごく入ったんですよ。それをディーラーが半分回収するというのが果たしていいのかというのをすごく感じましたね。長い間お付き合いしていく中で、こういう関係では店舗さんと良い関係を築けないのではないかと思ったんです。今まさにそうですが、いずれほとんどが分配制ではなくて固定費を支払うという形になるだろうというのが予測されて、そうなったら大手にはかなわないだろうと思いました。だから当時から特別な営業はせず、知り合いに頼まれた時だけという規模に留めて、拡大していこうという意識はその時点から無かったんです。あとはお客さんが選ぶことなので、業界のしがらみも関係なく、楽しいお店作りをしていくということだけで現在に至っています。

現在は特に中級者以上のプレイヤーから注目されているというアスカダーツですが、最初はすごく苦労されたそうですね。
 大変なことはいくつもあったんですが、まずショップ展開というのを考えた時に当時一番問題になったのは、バレルの仕入れ価格がものすごく高いということでした。うちはまだまだ小さくて特に知り合いもいなかったので、普通に仕入れをしようとすると8掛けが当たり前の世界だったんです。「そんなんで商売になるか」という感じでしたね。でもその頃はメーカーさんの人気も強くて、商品が入ればすぐ売れるという状況だったので何とかやっていられたんです。でもこういう状況がいつまで続くかと考えていくと、できれば自分でダーツメーカーを立ち上げてそれを売っていきたいと、そう思うようになったんです。これは僕の生まれにも要因があります。
 僕は新潟県の燕市という所で生まれましたが、実家が旋盤とか磨き溶接といった工業部品や洋食器等を作っていたんです。燕三条をご存知の方もいるかと思いますが、街にはスプーンやナイフがそこらじゅうに散らばって落っこちていたり、メッキの溶液の匂いがプンプンする様な所でした。そういうものが身近にある環境だったので、ダーツなんて簡単に作れるだろうと思ってたんです。
 その頃ちょうど親戚の結婚式に呼ばれて、親戚一同が会する席で「実はこういうことをやりたいんだけど」と伯父に相談したら「これは旋盤だな、旋盤なら誰々のところだから……」というふうに十数人で会議みたいになったんですよ。それまでいろいろ意見を出し合っていたんですが「ところで素材は何?」と聞かれたので「タングステン」と答えたら、即座に「無理」という返事が返ってきてしまったんです。新潟の燕市と言えば当時は工業部品や洋食器等の金物に関しては90パーセントくらいのシェアを持ってる街だったので、海外で作れる物が日本の燕市で出来ないということにすごくショックを受けたと同時に、タングステン加工ということに対して日本がすごく遅れているのだということを知ったんです。
 とは言っても、当時は少なかったとはいえ国内メーカーもあったので、いくらなんでも出来ないことはないだろうと、そこから加工業者さんを探し始めたんですが、これにはすごく時間がかかりました。一年以上かかってなんとか見つけ出して、埼玉の方にあるかなり大きな会社にお願いして実際作り始めたんですけど、今度は制作コストが大きな壁になりました。日本タングステンという会社から仕入れたすごく純度の良い素材を使って作るので、1セット3本作るのに、一番安い物で仕入れ単価が6千円、高い物では8千円もしたんです。今では考えられない様な仕入れ値ですよね。だから最初は、定価が1万6千円の純国産バレルということで売り始めたんです。

 次の問題は出来上がってきた商品の品質です。普通に設計図通りの物が出来上がってくれば、値段が高いというだけで我慢できるのですが、実際はタップが合わないとかチップを差し込む部分が合わないとかいろいろあって、それを全て何千本と検品しなければならなかったんです。当時の従業員5人でひたすら検品しましたが、あまりにも合わない物が多くて全員で肩を落としてしまうという状態でした。さらに16グラムで注文した物が15グラムだったり17グラムだったりと誤差が2グラムくらいあるのはあたりまえのようにあって、それにもすごく苦労しましたね。コストの単価が6〜8千円もあったことと、さらに商品として提供できない物がかなりあったという厳しい状況の中からのスタートでした。
 それが改善されたのは、始めて半年くらい経った時に、あるメーカーさんとの出逢いでイギリスの某有名メーカーを紹介してもらってからです。うちのウリというのは、外見だけでなく内側の加工をしっかりやっていくという設計をしていたので、当時から設計図はしっかりしてたんです。それを見てもらった時に「これならたぶん大丈夫だろう」ということで、そのイギリスメーカーが請け負ってくれたおかげで現在があるという状況なんです。タングステンというのは軍事産業で使われている素材なので、軍事産業が盛んなイギリスで仕入れと加工が出来るようになったのは大きかったです。それが現在までアスカダーツの品質を保っていることに繋がっているわけです。

デザインについてはいかがですか?
 まずは飛行物体として物理的に成り立つ様にしようと思いました。当時のバレルは、パッケージにいろいろと工夫してあったり、お洒落な物がたくさんありました。とにかく見た目がカッコイイものを良しとするような流れを感じたんです。そんな中でアスカダーツは、見た目よりも飛ぶ事を第一に。とにかく飛行物体としてしっかりと説明出来るバレルを作ろうというコンセプトを持ったんです。
 これは余談になりますが、一年に一回琵琶湖で『鳥人間コンテスト』というものをやってるんです。これは動力の無い物で飛行機を作って、何メートル飛ぶかというコンテストなんですが、その時の一位と二位を取った各大学に「こういう物を作りたいんですが、費用はこちら持ちで一緒に実験からやってみませんか」というメールを送ったんです。これは見事無視されましたが、そのくらい飛行物体というものに真剣に取り組もうと思っていたんです。無視されてしまったので仕方なく、自分達だけで独自に開発しようと頑張りだしたんです。
 当時のバレルは前重心が全盛でしたが、アスカダーツではまったく逆をいく後方重心を考えたんです。多くのメーカーは、チップが入る部分とシャフトが入る部分を均等に掘ることによってグラム数を合わせてたと思うのですが、うちはチップ側のタップの部分を深く掘る事によって重心位置を下げる様にしました。人間工学上でどういう物がグリップしやすいかと言うと、確かに前重心の物はすごく持ち易いと思うんです。そこに物理的な要素を入れて、あえて重心位置を下げるということを考えたのがアスカダーツ最大のコンセプトなんです。『完全重心』というキャッチフレーズを使っていますが、『完全重心』とは形状にとらわれないで重心位置の設定をしっかりしていくということなんです。
 アスカダーツでは毎年キャッチコピーを決めるんですが、今年は『フィール・イット・ユアセルフ』、これは『感じて欲しい』という意味です。僕がここ2年くらい取り組んでいる『イップス論』というのがあるんですが、イップスについて語っていく中でも、指を効かせることはすごく重要だと思うんです。指がバレルを通じていかに感じて、それがどのような運動につながっていくかという重要性をすごく感じている中で、『フィール・イット・ユアセルフ』というキャッチに行き着いたわけです。
 『感じる』ということであれば、シャークカットなどの刻みの強いバレルはすごく感じるんですが、角が強い分削れていってしまうことが難点でもあるんです。一番感じる部分がすぐ削げて無くなってしまうようでは意味がないので、アスカダーツではとにかく耐久性を一番に重視しています。ですから設計でもデザイン形状より、削れていきずらい構造というのをひたすら考えています。これは企業秘密になるので詳しくお話し出来ませんが、耐久性を考えてバレルの先端に、プレイヤーが気付かないくらいの微小な加工を入れたりと工夫をしています。同時に今年に入ってからはタングステンの比重を90%から95%にすることによって耐久性をさらにアップさせました。

 

■ 樋口雄也 Interview

パーフェクトにはずっと参戦されていますが、今年は調子が良さそうですね。
 そうですね、自分でも今年は戦えているという実感があります。去年はずっとひどい状態で、なんとかしがみついているという感じでした。結果としてベスト13に入れたことはよく頑張ったとは思っていますが、それが目標ではないですから。今年になってからは大きな不調も無くいい感じで戦えていますね。すごく充実しています。

 

アスカダーツはなかなかユニークなブランドだと思いますが、そのスタッフとして働いていかがですか?
 僕はプレイヤーとスタッフという二つの顔があるわけですが、商品として魅力があるからアスカでお世話になろうと思ったわけです。だから、プレイヤーの方達にはぜひ一度投げてみてもらって、「他のバレルとは何かが違う!」という、その驚きを味わってもらいたいです。それをアピールしていくのがプレイヤーとしての僕の仕事でもあると思っています。

 

社長の五十嵐さんはどのような方ですか?
 結構くだらないと思う様なことに対しても「そこまでこだわるの?」みたいに深く掘り下げていく人ですね。思ったことについては、とにかく行ったりやったりと、まず行動していくのがストロングポイントなのかなと思いますね。

 

今お話に出ましたが、イップスについてもかなり研究されていますね。
 はい。なぜイップスというものに着目したかというと、僕がダーツに携わって一番感じたことは、ダーツを嫌いになってやめてしまう人がすごく多いと思ったからなんです。これには二つの原因があると思うんですが、一つは今は特にソフトダーツでプロ化が進んでいて、華々しい世界が皆さんの努力で作られていますよね。でもその側面として、プロになる夢に破れて燃え尽きてやめていってしまう人がいること。もう一つは、僕もそこにハマった一人なんですが、数値化されて自分のレベルが分かるようになった事で、かえってプレッシャーを感じてしまう人が多いということです。
 ずっとトップを走り続けられればいいんですが、ちょっとした事で調子を崩すとなぜか投げられなくなってしまう。なぜか突然おかしくなるという人がすごく多いんです。プロ化が進んでいくことを通して、本気になりすぎるというと語弊があるかもしれませんが、楽しむダーツから真剣に取り組むダーツに移行してしまう。それによって過剰なストレスを抱えてしまうプレイヤーが多いように感じますね。
 イップスというのは、自分の身体がどうにもコントロールできなくなって、自分の身体ではなくなるという現象です。これはゴルフのパターが打てなくなるということから始まって、テニスや野球、卓球、アーチェリー、弓道など様々なスポーツで起こる事ですが、ダーツがダントツで発症していると思います。これは腕が出なくなるなど、あきらかにおかしいと自覚症状を感じる人はもちろんですが、僕の目から見ると、たぶん自分自身では気付いていない程度の不調など、トッププレイヤーなどを含めて多くのプレイヤーに見られますね。

イップス論については本誌のコラムでも書いていただいているのでみなさんぜひ読んでください。今日もこれからレクチャーが入ってらっしゃるということですが、生徒さんもかなりいらっしゃるようですね。
 そうですね、おかげさまでレクチャーの希望を多くいただいています。これは去年の9月頃に僕自身の理論が固まって、あとはそういう事象を実際に見させてもらって、僕の理論があてはまるのかどうかを確認する必要性があったんです。それでコラムやブログでレクチャーの募集をして、集まっていただいた方達を対象に始めたのがきっかけなんです。今では100人以上の症例を見させていただきましたが、中には「こんなのもあるのか、こんなのもあるのか」という症例が次々に出
てきて、天狗になりかけては鼻を折られるということの繰り返しでしたね。
 僕のイップス論は精神論ではなくて、すべて身体の動かし方で決まってくるということが基本です。これは僕だけの考え方ではなくて、解剖学の中に答えが詰まっているわけです。ですから来ていただいた方には解剖学の理論をふまえた上でアドバイスをさせていただいています。

 

今後なさっていきたいことはどのようなことですか?
 これはビジネスとは違うかもしれませんが……、僕はダーツのプロにはもっともっとハードに挑戦していってほしいと思っています。賞金を稼ぐということもありますが、やはり世界最高峰のPDCにチャレンジしてほしいんです。これからはプレイヤーがそういう舞台にチャレンジしやすい様な環境づくりが必要だと思うし、そうなるために微力ながら携わっていけるようになりたいですね。
 海外に行かなければ、海外を経験しなければ強くなれないというのは最もですが、実際海外でダーツの修行をするのはすごく過酷で、相当なタフさが必要だと思います。それをなんとか国内でハードに触れる機会を増やし、海外の選手にも一目置かれる様な土壌を作っていければ、それはソフトダーツにも還元されるでしょう。
 今後はソフトとハードという両輪で回していける様な状況になればとすごく思います。そのためには例えばPDCの日本誘致や、それに匹敵する様なリーグ戦を立ち上げるなどの努力が、今のダーツ業界に必要なのではないかと思います。そしてその土壌を経て、PDCの華やかな舞台で日本人の選手に大暴れしてもらって、更に言えばアスカダーツを背負ってる選手が、あの舞台でフィル・テイラーを倒してくれることを切望しています。これは僕の夢でもありますね。

ASUKA DARTS よろしくお願いいたします

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