Player Interview

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No.40 2017年11月 WDF President Bill Hatter
WDFの代表として機会があることに様々な人達にお会いし、新しい競技がオリンピック種目になったいきさつなどを聞くようにしています。いろいろな助言もいただいておりますし、チャンスがありましたら最高のプロモーションができるように準備中です。
No.39 2013年9月 ASUKA DARTS 五十嵐 信一
僕は新潟県の燕市という所で生まれましたが、実家が旋盤とか磨き溶接といった工業部品や洋食器等を作っていたんです。燕三条をご存知の方もいるかと思いますが、街にはスプーンやナイフがそこらじゅうに散らばって落っこちていたり、メッキの溶液の匂いがプンプンする様な所でした。
No.38 2012年1月 joseph kwong 香港
香港全体で約1500台のダーツマシンがありますが、現在、アラクニッド500台、ダーツライブ500台、フェニックス500台、メダリストマシンが50台というシェア状況です。それにしてもダーツマシンの進化は目覚ましいものがありますね。それが魅力的なものだけにダーツプレイヤーも増加しています。
No.37 2016年5月 Tony Kuo 台湾フェニックス
5年前に台湾で開催された「第9回ADAツアー」では、日本チームの働きもあり、5000USドルの寄付金を集めることに成功しました。そしてそのお金は、2011年の東北大震災被災者のための募金として、赤十字に寄付させて頂きました。このことは、日本と台湾がこれまでに素晴らしい友情を培って来た証だと…。
No.36 2013年3月 Alan Warriner-Little PDPA
PDPAが結成されたのはもう20年以上も前ですが、最初の10年は「The World Professional Darts Players Association」という名前で活動していました。現在のPDPAに改名したのが10年ほど前です。私たちは、プレイヤー達の声をゲームの運営方法に反映させたり…。
No.35 2013年3月 Richard Lowy UNICORN
ダーツ界の発展にPDCがもたらした功績は甚大です。特にトーナメントの賞金額は凄いことになっていますので、このおかげで多くのプレイヤー達がメジャートーナメントでの優勝や、ワールドチャンピオンになることを夢見て…。日本がダーツ界で頂上を目指すなら、日本のトッププレイヤー達が…。
No.34 2012年11月 Peter McCormick PUMA DARTS
ニュージーランドのカティカティという可愛い名前の街に長い歴史を誇るダーツ会社がある。プーマダーツ社、皆さんご存じだろうか?今回社長が来日されたので、歴史や商品、ダーツの熱い心などを語っていただいた。インタビューは歓談も合わせて約1時間に及んだ。
No.33 2012年11月 三舩 徳宏 DYNASTY
せっかくダーツ業界に入ったんだから、これだけは常に心がけていたいと思っています。まだダーツを知らない人はたくさんいると思いますし、そういう人たちにダーツの事を知ってもらいたいですね。 ダーツの楽しさをもっと知ってもらえるように…。 
No.32 2014年1月 片山 俊宏 DX3
自分で考える事に意味があると思うんです。「それは自分で探すものでしょう。それがダーツでしょう」と、あくまでもお客さん自身に見つけ出してもらいたいんですよね。考えて感じてもらえるように、そのお手伝いをするためにコアな話なんかもしちゃうんです。
No.31 2012年1月 浅野 眞弥 Palms
「今すっかりソフトにはまってる」と言うんですよ。 「一体どういうことだ?」みたいに思ったんですけど…。でも、投げてるうちに、これは的が大きいだけに外したら後がないんだと、なかなか緊張感があるなと感じたんです。これはただのおもちゃじゃないなと……。
No.30 2012年9月 長沢 雄司 DORON
「今度は一体何を始めたのだろう?」「今度はどんな事をするのだろう?」「今度始めたものはどんなものなのだろう?」と、常に皆さんに期待をして頂けるような商品開発と商品提供をしていきたいなと思っています。次々に新しい商品を企画しますので楽しみにしていてください。
No.29 2016年9月 中西永吉
もうワクワクしてますね(笑)。英語が通じなかったらとか食べ物がまずかったらとか、そういう不安はまったくないです。あそこで一年やってみたら一年後の自分はどうなってるいるんだろう、という期待とワクワク感だけです。限られた時間なので、一日一日を大事にしっかり頑張っていこうと思っています。
No.28 2012年7月 松原 弘明 COSMO DARTS
バレルにしても何にしてもそうですが、「見た目を綺麗に作る」というのが第一のポイントだと思います。図面に引いて、そしてその通りに作り上げるという事です。例えば、ちょっとした所でいうと、刃物で制作した物は加工をすると絶対に「かえり」という、鉄が湧いて来たようなものが出るんです。
No.27 2012年5月 森本 高仁 DMC
これは余談ですが避難させていただいた家はオール電化だから何も使えなかったんですよね(笑)。もっと言えば僕は出来るだけ早く大阪に帰りたかったんです。何故かといえば、無力だからですよ。僕が一人そこを離れれば、食料が一人分減るんです。一刻も早く帰ってあげるのが、救援と一緒のことだと思ったんです。
No.26 2012年3月 児玉 任弘 JOKER DRIVER
青森から鹿児島まで行きました。大きいルールとしては、雪が降る時期には北には行かないということです(笑)。事故の確率が上がりますし、時間が読めないですからね。だから冬場は南ですね。夏には、その分北上します。僕は日本で一番たくさんのプレイヤーを見てきたと思っています。
No.25 2010年9月 酒井 善明 ダーツ屋どっとこむ
いろんな人のドラマを見てるうちに「ああやっぱりダーツは楽しい」とつくづく思っちゃったんです。「やっぱりダーツは楽しいから松本でダーツを広められる仕事をする」と、思いつきでメールしてしまって、それがダーツショップとダーツバーを始めるきっかけなんです。
No.24 2010年7月 田村 英夫 RED TAG
リーマンショック以降多くの業種で経営の悪化が深刻です。特に飲食ビジネスの打撃は計り知れません。そんな状況の中で日本ソフトダーツを支えてきたダーツバーオーナーに話を聞きました。18年もダーツバーを続けてこられた秘訣は…状況打開へなにか秘策はあるのでしょうか。
No.23 2010年3月 Garry Plummer TARGET 社長
トーナメントの賞金がどうなるかというのは、日本のダーツの未来を大きく左右すると思います。今のところ法的に色々問題があるようですが、賞金が出ることによって、職業としてのダーツがもっと成立しやすくなるんです。15年くらい前にPDCが始めたことに少し似ています。
No.22 2011年5月 青山 久 GRRM 代表
おかげさまでいろいろな方々から「GREEN ROOMのダーツはどこにでもあるね」とか「選手が活躍してるね」とか言われますが、自分としてはそういう実感はあまりないですね。いつも数ヶ月、半年先のことを考えながら、ひたすら新しいモデルや仕掛け方を考えているという毎日です。
No.21 2015年9月 灰田 裕一郎 DOLLiS
現にここ最近はソフトプレイヤーがみんな、間違いなくハードにも何かしら興味を示してくれているのを感じますね。全体的にソフトのレベルが上がっているので、最初は興味本位でハードの試合に出てみたら意外に通用するのを実感したプレイヤーも多いと思います。
No.20 2013年7月 前嶋 志郎 前嶋組 代表
本当にとんでもない面子で嬉しい限りです。僕が常に思う「最後は人間だな」って感じざるを得ない大会なんです。毎年人の温かさを感じさせてもらってます。スポンサーになったりしてますが、逆に僕がみんなからサポートされてるんですよね。僕がサポートしてるつもりは何もないです。それが今の僕なんです。
No.19 2010年11月 芹澤 甚太 L-STYLE 代表
ダーツ界の今後を大きく左右するのは、日本人プレイヤーがいかに世界で目立つ存在になれるかということだと思います。ダーツがビジネスとして上手く盛り上がり成立するためには、まず選手が世界で戦えるようになることですね。そのためにできるだけのことをしていきたいと思っています。
No.18 2015年7月 PDC Chief Executive Matthew Porter
最初に日本で大会をやろうという話が出たのが6ヶ月前です。私と何人かのスタッフが色々話し合って、今年の3月に会場の下見に来ました。実際の大会までに残された時間がたった3ヶ月しかなかったので、何かとあわただしくて大変でした。来年はもっと時間をかけて準備したいですね。
No.17 2010年1月 Katsumi Odagawa KTM.
ダーツプレイヤーならばどこかでKTM.という名前を耳にしたことがあるに違いありません。弊誌も以前からお会いする機会はあったのですが、なにせ多方面で活躍されている多忙な方なので、あまり共有する時間を持てずにいました。この度インタビューをお願いすると快諾していただけました。
No.16 2009年11月 Matthew Porter PDC社長来日
私のアドバイスとしては、テレビで放映された過去のPDCトーナメントの様子を良く見て欲しいということです。そうすれば、PDCトッププレイヤー達のプレイレベルを見ることが出来、自然に自分をどのレベルまで高めればいいか分かります。ハードのトーナメントに出場したいなら、ハードの練習をたくさん…
No.15 2009年11月 世界最高のダーツコーラー来日
私をこんなに歓迎してくれた日本の皆さんにとても感謝しています。ほんとうに、ファンタスティックな経験でした。日本のダーツプレイヤーには、練習をがんばって欲しいです。ビッグになりたければ練習あるのみ。PDCに参加して成功するのも夢ではありません。
No.14 2009年1月 原田 健 ディーラーの立場から
メーカーはそれぞれ特色があると思いますが、基本的にはプレイヤーのためにというのは共通していると思います。そこにつなげてるのはお店であり、ディーラーなので、ディーラーがロケーションさんをサポートしやすいように、また業界の現状や未来を考えて環境を整えるメーカーであってほしいと思います。
No.13 2009年1月 Robert Pringle 英国 Harrows 社長
いろいろな説があるけど、ダーツはプレイされ始めてもう100年になる。ある意味プレステ世代の正反対を行くものだね。プレステはまったく動かずプレイして身体も使わない。ダーツは身体を使ってやる。メンタル面でも、もの凄い鍛錬だ。脳にもいい。こんな楽しいスポーツを、皆がプレイしたがらない訳ないよ!
No.12 2008年11月 Masatoshi Yoshinaga
最近はだいぶ仕事も忙しくなってしまって、以前のように練習もできなくなってしまいました。特にここ2~3年は結果もあまり出せていないんですが、でもダーツを続けていればまた集中して練習できる時もあるだろうし、いずれまた勝てるようになるのではないかと。とにかく止めないで頑張って続けて…
No.11 2008年7月 Yoshitaka Yasuzawa ミニジューク岐阜
当社は、交流のあるダーツ業界の方々から「地域密着型ディーラー」と言われます。最近でこそ、隣接する愛知県・三重県・滋賀県にもロケーションを持つようになっていますが、それでもロケの80%以上が岐阜県にあり、またその半分以上が会社の所在地である岐阜市にあります。
No.10 2008年5月 Masataka Sato モンスター
2005年に市場に発表されると、瞬く間にブレイク。今やプレイヤーで知らない人はいないまでの存在になった大注目のブランド。その独創的な発想とデザインは多くのプレイヤーに支持されているだけに、デザインポリシーを知りたい人も多いのでは…。MONSTERというとプレイヤーたちの大活躍が印象深い。
No.9 2008年5月 Tsukimi Ito ディーラーの存在
まず、奢りではなく、断言出来るのは、ディーラーが存在しなければ現在のダーツ環境は成り得なかったと言う事です。ディーラーの存在とは、端的に言うと、地域に密着し、ダーツの楽しさをお店のオーナーやスタッフに伝え、ある時は直接お店のお客さんにもその楽しさを伝えることで…
No.8 2008年1月 Mitsuhiro Murata ダーツビジネス
5年ほど前にダーツビジネスに参入してから着実にダーツ界で頭角を現し、今や6店舗を展開。今までのいきさつやこれからの展望、ダーツに対しての思い入れなどをインタビュー…。特にダーツトーナメントの取り組みには人一倍、苦労を厭わない。いつもダーツ界の中心に居てほしい人だ。
No.7 2007年11月 Jun Nakamura 自分にプッレシャーを…
およそ4~5年前当時まだサラリーマンだった頃、ダーツにはまっている友人にダーツバーに連れて行かれたのが、ダーツを知ることになったきっかけですね。始めてダーツをしてみて、手軽にできて…知らない方とも仲良くできる…とダーツに大きな魅力を感じました。
No.6 2007年9月 Fukunaga Masakazu ソフトダーツプロ
業界、ダーツプレイヤーの皆さんが注目していると思いますが、来年も予算が決まり開催されます。残念ながら賞金額は今年と同じ3、000万円になりそうですね。試合数は約12戦ほどになるでしょうか。ダーツ界は広がりましたが、まだまだ大きなスポンサーに魅力的な市場には育っていないのが実情でしょう。
No.5 2007年7月 Yoshifumi Nomura ダーツ界の変遷
20歳の頃、今からもう23年前のことになるのですが、友人の家でおもちゃのダーツで遊んでいた時に友人が「駅前の喫茶店に本物のダーツがあるらしいぞ」と。なんだそれ!ってことで見に行ったのが本物のブリッスルボードとの出会いでした。これが本当に楽しかった。俺は天才に違いないと。(笑)
No.4 2007年1月 Naruhito Matsunaga 視聴者に正確な情報を…
9DARTS.TVを視聴していただいている視聴者の皆様にお礼を言わせてください。いつも9DARTS.TVをご覧頂きましてありがとうございます。今後ともより迅速に様々な動画情報をお伝えできるようスタッフ一同がんばりますのでお楽しみください。9darts.tvが始まってどれほどになりますか、最初のいきさつは?
No.3 2006年11月 Koichiro Ueda 喜ぶプレイヤーの姿が見たい…
金属の知識はあったのですがタングステンという材料を実際に扱うのはたいへんでした。あらゆるつてを使ってその入手ルートを探し、そして失敗を重ね、最初のダーツを発表するまでには、結果としてやはり半年以上かかりました。今振り返ってみると、案外早かったのかもしれないと思っています。
No.2 2005年11月 Tim Darby PDC エグゼクティブ プレジデント
あまりチャンスは無いのではないかなと思っています。例えば、野球はオリンピック競技からはずれましたが、日本やアメリカではたいへんにポピュラーで大きなイベントです。それに比較すると、ダーツはやはりそれほど大きくありません。オリンピック参加については私はそれほど問題にはしていません。
No.1 2004年9月 Masakazu Fukunaga 誰もが知る人物
最初ダーツマシーンは友人の店に置いてもらおうとしたんです。でもその友人が、店の雰囲気もこわしたくないし、そんな訳の分からない物を置くのはいやだと言うので(笑)結局ダメになって、それじゃあつまらないので自分でお店を作ることになったわけですが、それがTiTOです。結局ダーツを初めて触ってから…
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ダーツ屋どっとこむ ダーツ屋どっとこむ ダーツ屋どっとこむ ダーツ屋どっとこむ ダーツ屋どっとこむ ダーツ屋どっとこむ ダーツ屋どっとこむ
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