Vol.112 灰田 裕一郎
PDC World Championship

2022年1月号

世界最高峰のダーツに酔う
昨年末から正月にかけて本場イギリス・ロンドンにあるアレクサンドラパレスでダーツの祭典が開催された。世界最高峰のダーツ団体PDCが主催するダーツの世界選手権PDCワールドダーツチャンピオンシップだ(以下WDC)。
昨年に続きコロナ禍が蔓延する中での開催となったが、昨年と違うのは会場であるアレクサンドラパレスは連日観客で埋め尽くされていたという点だ。前年は大会初日は観客が入っていたがコロナウィルスによるロックダウンのため大会2日目以降は観客のいない会場で選手たちは試合をおこなった。やはり観客のいない会場での試合はどこか盛り上がりにかけてしまうのは否めなかった。
そんな前大会があったからだろう今年は選手たちのダーツにも熱が入っていたように感じた。多くのファンたちが見守る中での試合は、大会初日から最終日の決勝まで素晴らしい試合の連続であった。もちろん日本からも2名の選手が参戦した。まずはそこから振り返ってみよう。

PDJ日本代表とPDCアジア日本予選代表
まず一人目は10月に開催されたPDJジャパンチャンピオンシップで見事初優勝を決めた山田勇樹プロ。コロナ禍で開催されていたオンライン系の試合では苦労していた山田であったが、PDJ優勝はそこで養われた強さをいかしてのものだったといえるだろう。これまでもPDCにはワールドカップとチャンピオンシップで出場経験があった山田だが、PDJ代表として世界に挑む気持ちはこれまでとはまた違ったものがあったかもしれない。
そして二人目はPDCアジア日本予選でドラマチックな優勝を果たした柴田豊和プロ。この年の7月に福岡で開催されたPDCワールドカップ予選で優勝しPDCデビューを果たす予定だった柴田。ところが出発直前で大会開催国であるドイツの入国規制がコロナウィルスの影響で厳しくなり入国できず出場を断念。コロナ禍という状況で悔しくても悔やみきれない経験をした。それでも潔くそれを受け入れ、次のチャンスに向けて準備をしていた柴田。
11月に行われたPDCアジア日本予選で大会アベレージ95越えという素晴らしい内容で再び優勝。ワールドカップに出場できなかった無念をその年の年末に晴らすこととなった。柴田にとってこの試合を勝つことがどれだけ難しいものであったかは多くの人が理解していた。今回のWDCはそれを見事にやってのけた柴田のPDCデビュー戦となった。

PDCワールドダーツチャンピオンシップ2021/22開幕
イギリス現地時間2021年12月15日にWDC2021/22は開幕した。今年は決勝が1月3日。その間クリスマス3日間と大晦日を除いて毎日試合が行われた。午後行われるアフタヌーンセッション、夜に行われるイブンニングセッション。大会16日目まで世界中から集まった96名のトッププレイヤーによって連日激闘が繰り広げられた。

1回戦 山田勇樹vsカラン・リズ
日本代表の試合は山田が先だった。大会3日目に登場した山田の対戦相手は今年急成長を見せたユニコーンの若手カラン・リズ。初戦から非常に厳しい相手であった。1回戦はベストオブ5セット、各セット3レグ先取、それを先に3セット取った方が勝ちとなる。セットマッチ制で行われるのもこのWDCならではのフォーマットだ。
カランはスタートから持ち前のアップテンポなスローから高得点を連発し山田を翻弄。序盤から一方的になる試合展開も予想されたが力をつけてこのステージに帰ってきた山田は踏ん張りを見せた。
PDCツアーカードを持っている選手にとって言わばワイルドカードで出場した選手には負けるわけにいなかいというプライドがある。ときにそれがプレッシャーとなり番狂わせな結果になるのがWDC1回戦の特徴でもある。
案の定、しっかり打ち返してくる山田にカランがプレッシャーを感じ第1セットは2ー2のフルレッグになった。山田にセットを取るチャンスが回る。
D10を狙う山田、この瞬間日本のファンも中継に釘つけになったことだろう。しかしながらそのチャンスをモノにできずファーストセットを落としてしまった山田。これでカランは一気に気持ちが楽になってしまった。

第2セット以降は完全にカランペースで山田は自分のダーツをさせてもらえない。今シーズンの好調っぷりがWDCのステージでさらに加速したカラン。
結局最後までそのペースが落ちることなく山田は第2セット、第3セットと1レグを取ることもないまま初戦敗退となってしまった。
勝負にタラレバは禁物だがやはりあの第1セットのダブルが決まっていたら試合はどうなっていたか分からなかっただろう。ダブルの難しさを世界の舞台でも痛感した山田。また強くなってこの舞台に戻ってきてくれることに期待したい。

1回戦 柴田豊和vsルイス・ウィリアムズ
大会7日目に柴田が待ちに待ったPDCのステージに上がった。入場ウォークオンで柴田は笑顔だったが喜びと緊張が入り混じっているようにも見えた。相手のルイス・ウィリアムズはウェールズ出身の若干19歳のユース選手。とはいえ経験も実績も秀でた注目の若手選手。
試合前の予想でもウィリアムズが有利とされていた。それでもPDCは柴田が日本での予選を95という高いアベレージで抜けたことを紹介。本場の若手に対し日本からの挑戦者がどんな戦いをするのか注目されていることがわかった。
試合開始から緊張しながらも自分のダーツに集中していた柴田。アジア代表予選のときほど打ててはいないが初めての大舞台で柴田は必死に戦っていた。第1セットはウィリアムズにも緊張からの硬さがみられ柴田にもチャンスはあったが結局決めきれずウィリアムズが逃げ切って安堵の表情を見せる。やはりユース選手だけに第1セットはかなり緊張していたことが伺えた。

第1セットを取ったウィリアムズは第2セットに入ると安心したかのようにダーツが決まりはじめる。一方の柴田はなかなかエンジンがかかってこない。柴田らしさが出ないままウィリアムズのペースで試合は進む。第1セットと第2セットに1レグずつ取った柴田だったが試合後半では完全にリズムを崩してしまい第3セットは1度もダブルを打つことなく0ー3のストレートで敗退。
アベレージ75.17、ダブル決定率16.7%(2/12)と柴田は実力を出せないままPDCデビュー戦を終えた。試合後柴田は自身のSNSで不甲斐ない試合をしたことを詫びる文章をアップした。しかしその舞台へ立つための権利を実力でもぎ取ったのは紛れもなく柴田だ。ドイツの悔しさもあった上でのPDCデビュー。困難を乗り越え念願のPDCに出場しただけで素晴らしいことだ。あの舞台の上でのことはあそこに立った選手しかわからない。なにより一番悔しいのは柴田だろう。
PDCワールドチャンピオンシップで戦う柴田の勇姿に多くのダーツファンが感動した。またあの舞台に戻ることを柴田は決意しただろう。そして柴田にはそれを成し遂げる力があることを僕たちファンは知っている。

参加選手の一部が試合前の検査で陽性反応となり無念の棄権。
涙をのんだ。なかでも大会中盤にして主要3選手が棄権となった
ことには大会関係者、選手、ファンにも大きな衝撃が走った。

COVID19の影響を受けた選手たち
今大会では98試合が行われた。厳密にいうと行われる予定だった。しかしながらそのうち5試合がキャンセルされ実際には93試合となった。参加選手の一部が試合前の検査で陽性反応となり無念の棄権。涙をのんだ。なかでも大会中盤にしてマイケル・ヴァン ガーウェン、デイブ・チズネル、ヴィンセント・ヴァン デ ブートと主要3選手が棄権となったことには大会関係者、選手、ファンにも大きな衝撃が走った。
やはり関係者と選手だけで閉鎖的に行われた前回大会とは違い今回は観客を入れて試合が行われたことも大きく関係していたはずだ。それでもPDCはそのままの形式で試合を続行した。選手たちも承諾のうえだろう。今大会は選手たちにとってウィルス感染との戦いでもあったわけだ。

後半戦は劇的な試合の連続
ベスト8が出揃いその顔ぶれを見ると前評判通りに勝ち上がってきた選手もいれば久々に健闘を見せるベテランもいた。そしてここ数年で力をつけた若手の活躍も目まぐるしい大会だった。
ベテランならではの強さ、それに迫る若手の勢い、そして優勝経験者たち。大会後半に入ると連日のように実力がぶつかり合う面白い対戦カードばかりが並んだ。
なかでも大会14日目の準々決勝は今大会一番の注目を浴びたのではないかと思う。ピーター・ライトvsカランリッズ、マイケル・スミスvsガーウィン・プライス。どちらの試合も最後の最後まで目の離せない素晴らしい試合だった。

3人の選手が魅せてくれた9ダーツ
今大会では3つの9ダーツが達成された。これは過去最高記録。大会1発目はスコットランドの若手ウィリアム・ボーランド。この試合はいまユース筆頭株である前年ユースチャンピオンのブルックスとの若手対決だった。
最後フルセットまでもつれたこの試合でボーランドはPDC初となるマッチショットを9ダーツで決めるという快挙を成し遂げた。
大会2発目はダリウス・ラバナスカス。第1セット目に9ダーツを出してリードしたラバナスカスだったが第2セット目以降は9ダーツ達成で気が抜けてしまったようになり対戦相手のマイク・デ デッカーに3セット連取され9ダーツ達成したものの1回戦敗退となった(初戦は不戦勝)。
大会3発目はディフェンディングチャンピオン前回優勝者であり世界ランク1位のガーウィン・プライス。
マイケル・スミスとの準決勝で見事な9ダーツを魅せてくれた。残念ながらこの試合でマイケル・スミスに敗れたものの歴史に残る素晴らしい試合での9ダーツ達成に多くのファンが歓喜した。

PDCのダブル決定率
ここ数年徐々に感じていたことだが今大会でまぢまぢと感じさせられたのがダブル決定率の高さだ。勝利する選手の多くが50%近い数字を残している。数年前までは35%を超えたらすごいと言われていたのが嘘のようだ。やはりこれは点数を削る平均的な力が130点台に到達しておりこれよりも高いレベルのダーツとなるとやはりダブルをいかに少ないダーツで決められるかというところまできている証である。
ユースを含めた若手のレベルも非常に高いものがありPDC全体の数字が底上げされている。日本国内のスティールダーツではトップ選手でもダブル決定率は20%後半で、良くても30%そこそこというのが現状だ。これまでも上がりのダブルをいかに決めるかが重要であったことは間違いないが、今後世界に挑戦するためには40%という驚異的なダブル決定率を当たり前にしていく必要が出てきた。

決勝戦 ピーター・ライトvsマイケル・スミス
2022年1月3日いよいよ半月にわたって開催されてきたWDC2021/22も最後の試合となった。ファイナルに残ったのは今大会を通して完璧な試合運びで安定したダーツをし続けてきたピーター・ライト。そしてPDC選手たちからも次の世界チャンピオンとして常に名前が挙げられていたマイケル・スミスだ。ピーター・ライトが2020年に続き2度目の栄冠を勝ち取るのか、それともマイケル・スミスが初の世界チャンピオンになるのか。どちらが勝ってもおかしくない決勝戦。ファンが多いふたりの好カードは驚異的な視聴率を記録する注目の試合となった。
ファイナルということもあってか両選手ともに少し硬い感じで今ひとつな調子。そこをライトがしっかり拾ってセットカウント2ー0でリードする(決勝は7セット先取)。いつもならここで諦めてしまいがちなスミスだが今大会のスミスは違った。優勝への気持ちがこれまで以上に際立っていた。序盤決まっていなかったダブルが決まりはじめセットカウント2ー2まで戻すとここからは両選手ともに力をだしはじめ試合は大接戦になっていく。

目に見える技術も当然すごいがやはりこのレベルになると目に見えないメンタルのコントロールが勝敗を大きく分ける。とくに試合のポイントになる場面でいかにミスを減らせるか。これに関してはピーター・ライトに分があったように思う。この1年間ピーター・ライトは派手な数字を出すようなダーツではなくむしろ彼のビジュアルとは正反対の地味なダーツで勝てるようになった印象がある。
これは彼がゲーム全体をコントロールできる大きな視野、大局観のようなものを習得したからではないかと考えている。半年前ライトはPDC3大タイトルのうちのひとつPDCマッチプレイを初制覇。これ以降彼は今年はマッチプレイとチャンピオンシップ両方とも獲ると公言してきた。これは自信になる大きな手応えのある何かを見つけたからなのだろう。それが「大局観」と言われるような試合全体を見越したゲームコントロールなのではないか。チャンピオンシップ終盤でのピーター・ライトの戦い方を見てそう感じた。

試合はセットカウント5ー5まで一進一退の攻防が続くが第11セット目に試合の流れが少し動く。ライトの先攻で始まったセットだったがここが勝負どころと踏んだライトがギアを上げこのセットを3ー0のストレートで取りセットカウント6ー5で先に王手をかける。終盤の大事なところで1レグも取れなかったスミスはメンタルに多少のダメージを受けたまま次のセットに入っていくことになる。
第12セットはスミスが先攻。とはいえライトがすでに王手をかけており是が非でもこのセットを取らなければいけないスミス。前セットで勢いに乗ったライトを止めるために第1レグは確実にキープしなければいけなかった。しかしだ。その心理状態をライトはしっかり掴んでいた。慎重になるスミスを尻目にライトは出だしから140を連発。140ー140ー140からの81点残りをS15ーS16ーDBと見事なインナーブルアウトを決めて12ダーツで先攻ブレイク。これで勝負あったように見えた。続くレグでライトは先攻をしっかりキープするとレグカウント2ー0とし優勝まであと1レグとしたが冷静なライトはここで一旦ギアを下げスミスの先攻で1レグを許す。

そして迎えた第12セット第4レグ。スコア2ー1でピータ・ライト先攻。ここでライトはもう一度ギアを上げラストスパート。見事なゲームコントロールにスミスはなす術がなく、完全にライトに支配されていた。スミスは完全失速。ライト32ー145スミス。ライトがマッチショットであるD16をど真ん中に決めて2度目のチャンピオンに輝いた。
強かった。そして力尽き俯くスミスの目には悔し涙が。そのスミスをライトは称えた。「彼は素晴らしい選手だ。必ずチャンピオンになる。そうなったら誰も彼を止められない。だから今のうちに勝たせてもらった」。
引退するまでに5回世界チャンピオンになるとライトは公言した。あと3回優勝することは可能なのか。そして2度目の準優勝となったマイケル・スミスはきっとまたここに帰ってくるだろう。

最後にファイナリスト二人の大会スタッツ(決勝終了後)を見てみよう。大会通しての得点アベレージ(PPR)がピーターライト100.04点、マイケル・スミス100.65点(これは1ラウンドあたりの平均得点)、大会ダブル決定率ではライト44.4%(111/250)スミス39.7%(106/267)と最後まで勝ち残ったふたりが大会通して高いレベルで試合していたことが数字からもうかがえた。
そしてこの二人は新記録を樹立していた。1試合での180数でピーター・ライト(準決勝)マイケル・スミスが(決勝)ともに1試合24発出してPDC新記録を達成。マイケル・スミスに至ってはトーナメントでの総180数が83発でPDC最高新記録を達成した。

ダーツ最大の祭典が終わった
いつも以上に素晴らしい大会だった。1つ1つの試合内容もさることながらPDC全体のレベルが大きく伸びたことを実感した大会であった。ドラマもあった。2022年もまたPDCではハイレベルな戦いが繰り広げられることだろう。今年は誰が飛躍するのか、そして復活するのか。日本人選手たちのレベルアップにも期待しながら記事を終わりにしたいと思う。また年末に会いましょう。