Vol.97 オランダ ダーツ旅
PDC PREMIER LEAGUE
DOLLiS 灰田 裕一郎 1

2019年5月号

スティールダーツに対しての熱さでは、日本では屈指として知られる人物だ。その灰田さんが、この度PDCプレミアリーグに行ったので観戦記を寄稿していただいた。以前から約束していただいていたので、首を長くして待っていたのだが、いざ到着して文章を開くと、驚くほどの長文、そして内容はなんと感動的なことか!ダーツファンにとっては必読のダーツ旅行記だ。ぜひお楽しみいただきたい。

2019年3月最終週、筆者はオランダにいた。ロッテルダムで開催されるPDCプレミアリーグを観戦するためだ。
今回の記事ではプレミアリーグ観戦とあわせてオランダのダーツ事情も交えながらの海外PDC観戦をしようと思う。

プレミアリーグとは?
まず最初に読者の中にはPDCプレミアリーグをご存じない方もいると思うので、まずはPDCプレミアリーグとはどんな試合なのかを紹介しよう。世界最高峰のダーツ団体PDC(Professional Darts Corporation)の人気ナンバーワン・イベントが「PDCプレミアリーグ」である。

プレミアリーグは賞金、人気、スケールすべてにおいてトップクラスのPDCイベントとなっている。2月から5月にかけて毎週木曜日の夜にイギリス各都市をはじめ、オランダやドイツにあるビッグアリーナや競技場を転戦しながら4ヶ月間に渡って開催されるダーツイベントだ。
そんなプレミアリーグに出場できる選手は10名。ランキング上位者、世界選手権の結果、人気や将来性などから選出される。プレミアメンバーの発表は元旦に行われる世界選手権(ワールドダーツチャンピオンシップ)決勝の表彰式が終わったあと、最後の最後にPDCチェアマンのバリー・ハーン氏から発表される。その発表がされるやいなやプレミアメンバー10名をイギリスの各放送局が速報を出したり、ニュースになるほど注目されているイベントなのだ。ヨーロッパでPDCプレミアリーグがいかに注目されているかが伺える。
PDC選手の誰もが出場することを夢見る、そんな憧れのビッグイベントがPDCプレミアリーグだ。

オランダの英雄が引退発表
今回筆者はこのPDCプレミアリーグがオランダ・ロッテルダムで2日間連日開催される第8戦、第9戦を生で観戦する機会を得た。いつかはプレミアリーグを観てみたいという願いがようやく叶うということで、観戦が決まった昨年の12月頃から4ヶ月ほど楽しみでならなかった。観戦するAHOYアリーナは1万2000人が入るビッグアリーナということで、どの場所で観戦するかということも重要になってくる。手に入った1日目のチケットは会場全体が見渡せる3階席の一番後ろのシート。なぜ一番後ろの席にしたのかというと2日目第9戦のチケットがステージからすぐ、ボードも選手も良く見えるとんでもないプレミアムシートであったからだ。2日間を初日は会場の一番後ろ、2日目をステージからすぐとPDCプレミアリーグをいろいろな角度から楽しもうという狙いがそこにはあった。

そして年が明けて2019年初めにこのチケットが、さらに価値あるものと変化する出来ことが起こった。オランダの英雄にして5度のダーツ世界チャンピオンになっているバーニーことレイモンド・ヴァン バーナベルトが今年限りでの引退を発表したのだ。これにより自分が観戦予定のプレミアリーグ第8戦と第9戦がバーニーにとって地元オランダでの最後の試合ということになったのだ。バーニーの引退発表はとても残念なニュースであったが、彼の地元での最後のプレミアリーグが観られるということで、これ以上ない貴重なプレミアリーグ観戦になることになった。

オランダ到着
2019年3月26日 火曜日 成田空港 第1ターミナル。いよいよオランダへ向けて出発する日がやってきた。期待と緊張で胸が膨らむ中、KLMオランダ航空に乗り込む。アステルダム、スキポール空港まで約12時間のフライトである。今回の旅のメインイベントはいうまでもなくPDCプレミアリーグ観戦である。3月27日(水)第8戦、3月28日(木)第9戦と2夜続けての開催だ。通常はプレミアリーグは木曜日開催なのだが、オランダだけは2日連続での開催。2日続けて観戦できるうえに、冒頭に書いた通り、観戦する席は会場の最上階最後尾とステージ前の最前列ブロックである。こんな機会はもう2度と無いであろうということで、並ならぬ期待を持って筆者はオランダに乗り込んだ。

成田空港を26日昼過ぎに出発し12時間かけてオランダに入国。現地時間は26日15時すぎであった。時間的には3時間しか進んでない。日本との時差はマイナス8時間だ。オランダに到着しテンションが上がっているのか、時差ボケはなんとかなっていた。時差がキツイのは日本に戻った時だろう。そんな心配はさておき、早速ロッテルダムへ向かうことにした。スキポール空港からは特急電車で30分ぐらいだ。言ってなかったが、筆者は日本語以外ほとんど話すことができない。悪戦苦闘しながら切符を購入し、駅にいた日本人に出発ホームを教わり、なんとかロッテルダム行きの電車に乗ることができた。
それでもここ1年で海外遠征をこなした経験から、言葉がわからないなりになんとかコミュニケーションができる能力は身についていた。オランダはオランダ語が母国語であるが国民のほとんどが英語を話せるので、今回の旅では筆者のつたない英語が大活躍することとなった。
ロッテルダムに着いて、そのままホテルにチェックイン。時間はすでに17時をまわっていた。日本時間にすると深夜1時すぎだ。自宅を出たのが朝8時だったので、ここまでの移動時間は約17時間近いことになる。日本からオランダは実に遠く、ロッテルダムのホテルでベッドに横たわりながら、その距離に疲れを感じていた。
試合観戦は翌日ということで到着した夜は、特に予定もなかったので適当にホテル近隣を散策。ホテルは市街地の中心ということで夜でも治安は悪くなかった。ロンドンでもそうだったがロッテルダムも平日の夜は人通りが少なく、店もバーやファーストフードが数件開いているだけで、街全体はとても静かであった。見知らぬ海外の街でひとりバーに入る根性もなかったので、ケンタッキーフライドチキンをイートインして腹を満たし、そうそうにホテルへ帰って身体を休めた。

西田さんからの電話
2019年3月27日 水曜日 オランダ・ロッテルダム 滞在2日目。時差のせいなのか、初のプレミアリーグ観戦をまえに興奮しているのか、あまり眠れずにオランダ最初の朝を迎えた。
テレビをつけると、偶然今夜のプレミアリーグのニュースが流れていた。バーニーとMVGのインタビューだった。普通に朝からテレビのニュースでダーツ?オランダにおけるダーツというのは日本でいうところの野球ぐらい一般的なものなのだと感じた。そんなニュースを見ていると、夜に観戦予定のプレミアリーグへの期待は徐々に高まるのであった。

日中の予定は何もなかったので、美術館巡りでもしようとホテルの朝食をとりながら考えているちょうどその時だった。スマホに一本の電話がかかってきた。読者にも知っている人が多いと思うが、いまやダーツYouTuberとして日本のみならず本場ヨーロッパでも有名になったJAPANESE GUY TVこと西田裕祐氏からの電話であった。
「あ、今着きました!」いきなり言われても何のことだかまったく理解できない。なんと彼もPDC観戦のために急遽オランダ入り、せっかくだから一緒にプレミアリーグを観ようという連絡であった。
事前に何も聞いていなかったので、突然の事態に思わずコーヒーを吹き出しそうになった。そんなわけで、日中は美術館巡りをする予定だったが、気づけば西田ユースケ氏と一緒にアムステルダムのダーツショップへ行くこととなった。

アムステルダム ダーツショップ「HOUSE OF DARTS」
朝食を済ませ、昼にアムステルダムでユースケ氏と合流し、彼の提案でオランダのダーツショップに足を向けることになった。今回のオランダはずっとひとりの予定だったので、自分と比べても甲乙つけがたいダーツマニアな彼と一緒にプレミアリーグを観戦できることになったのは、この上なく嬉しいサプライズであった。そしてなにより彼は英語が堪能なので、一緒にいる2日間は言葉に困らずに済むことにも正直ホッとした。

せっかくなのでプレミア観戦レポートの前に、オランダのダーツショップ事情をレポートしよう。訪問したのはアムステルダム駅からバスで15分ぐらいのところにある「HOUSE OF DARTS」という老舗ショップ。ウィンドウにずらりと並べられた無数のダーツが印象的な店構えをしている。ユースケ氏は過去にここを訪れていて、その時に撮影した動画もYouTubeで公開されている。

店のオーナーであるハンクさんはユースケ氏のYouTubeの大ファンということで二人はとてもフレンドリーだった。筆者はユースケ氏の動画に何回か登場したことがあるが、それをハンクさんは見てくれていたようで、日本から来た筆者を快く迎え入れてくれた。
店内は2つのブロックに分かれており、入口手前がバレルやシャフトなどが壁一面にかかっている。そして奥のエリアには折りたたみフライトがずらりと壁を埋め尽くし、ダーツケース、ダーツボード、ダーツスタンドがたくさん展示販売され、ダーツを実際に投げることができるスペースにもなっていた。
珍しいものとしてはトーナメントのトロフィー、そしてなぜかビリヤード用品や卓球用品も販売されていた。言うまでもないがオランダでは販売されているバレルのほとんどがスティール用だ。オーナーのハンクさんはちょうどドイツに新しい店を出したばかりとのことで、ドイツのダーツ事情も少し聞かせていただけたのだが、ドイツのダーツ人気はかなり高いようだ。

PDCヨーロピアンツアーなどの放送を観てもわかるが、ドイツで行われるPDCイベントの会場はいつも超満員だ。ケーブルテレビでのダーツ放映も生中継を20万人が視聴しているとPDCのサイトでインフォメーションされていた。ドイツではスティールだけでなくソフトダーツも盛んということで、ハンクさんが新たにオープンしたドイツのダーツショップでは、ソフトダーツも多く取り扱っているとのことだった。
アムステルダムの店で扱っているバレルメーカーはターゲット、ユニコーン、ハロウズ、ウィンモウなど日本でも販売されている大手メーカーの他にドイツのブルズが多数販売されていた。ブルズは日本では入手が困難なメーカーなので、思わず目に入ったブルズのメンサーモデルについつい財布の紐が緩くなってしまうのも仕方がないことであった。店からケーキとコーヒーまで出していただいて気がつけば、約2時間も店内でバレルやパーツを物色していた。

その間、ユースケ氏はというとずっとハンクさんと会話したり、ダーツのレクチャーを受けていた。彼がどれだけダーツが好きかこうしてそばにいるとイヤでも伝わってくる(笑)。

ダーツができるパブに移動
必要な買い物をすませハンクさんに別れをつげた私達は通りの向かいにあるパブへ移動。どうやらダーツが投げられる店らしい。入った店はいかにもパブという感じの店内だったが、店舗奥にしっかりとしたダーツエリアがあった。オランダに来てダーツが投げられるとは思っていなかったので(もちろんダーツは持ってきていたが)こういった環境で投げられることにとても興奮した。

時計をみると午後3時。ロッテルダムまでの移動を考えると午後4時半ぐらいに出ればプレミアの開場時間に間に合うようだ。オランダのビールを飲みながら、プレミア観戦の興奮を秘めつつ、ユースケ氏とダーツを投げた。
午後4時ごろになっていただろうか。店のスタッフが「俺もプレミア観戦に行くんだ、お先に!」と行って店を出て行った。それを見て、私達も足早に店を出たのは言うまでもない。

PDCプレミアリーグ 第8戦 ロッテルダム AHOY
ロッテルダムに戻ると駅周辺にはすでにプレミア観戦をすると思われる、オレンジのコスチュームに身を包んだ人や仮装をしている人たちがたくさん歩いていた。地下鉄で行く予定であったが、タクシーを呼び、試合会場であるAHOYアリーナへ向かうことにした。向かう車中ではタクシーの運転手とプレミアリーグの話で盛り上がった。オランダではタクシーの運転手とダーツの話ができてしまうのだ。
バーニーが引退することに関していろいろ語ってくれていた(英語だけどなんとなく内容は理解できた)。その間狭い車内で筆者は日本から持ってきた、観戦用コスチュームに着替えた。ロッテルダム駅から約15分ほどで目的地のAHOYアリーナに到着。車から降りると目の前に「AHOY」と光るアリーナが見えた。周りにはオレンジ色のコスチュームに身を包み、歌をうたいながら会場へ向かう人たちが溢れかえっていた。

さあいよいよ念願だったプレミアリーグ観戦だ。皆が着ている服はオレンジ、もちろんこれはオランダのナショナルカラーである。そしてオレンジ色は今回のイベントのドレスコードに指定されているのである。チケットにドレスコードはオレンジと指定されている。1万人以上がオレンジを着てAHOYに乗り込んでいくのだ。
それともう1つPDCのドレスコードを紹介しておこう。PDCのイベントではどの会場でも共通して、サッカーのユニフォームや関連シャツの着用を禁止している。ヨーロッパのサッカー熱を考えれば想像が付くであろう。サポーター同士の揉め事を回避するため、PDCイベントでは共通ドレスコードとなっている。

とりあえずAHOYアリーナの前で、日本から用意してきたオレンジ色のお祭り用のハッピをまとい、頭にハチマキ、手には扇子を持って記念撮影。結構目立つ格好だと思っていたが、周りを見ると自分が地味に見えるほど、派手な格好をした人達だらけであった。
試合開始まで1時間、いよいよ会場に入ろうというところで、セキュリティーから荷物を預けるよう指摘を受けた。PDCイベントでは荷物を持って、会場に入ることはできないそうだ。荷物はすべて預けなければならないということで、アリーナ脇の建物の中に荷物預かりセンターのようなところがあるので、そこで荷物を預けての入場となった。入り口ではセンサーによる金属反応チェックを受け、ようやくアリーナへ入場。小さな小物入れやポーチなどは持ち込みができるようだ。
会場に入るとドリンク販売ブースには人だかり。こちらではビールはコップだけでなくピッチャーでの販売もされている。買っていく人はピッチャーを両手に持っているか、ビールを6杯ぐらいまとめて買っていく人がほとんどだ。オランダ人はカラダがデカいとはいえ一体どれだけ飲むんだ(笑)。

観戦は最上階の3階席だったのでとりあえず階段をあがって2階フロアへ。次の瞬間、会場とステージが目に飛び込んできた。「うわー!」と思わず声がでた。圧倒されるほどのスケールと熱気に興奮を隠しきれなかった。試合開始40分前だがすでに会場は7割ほど埋まりかけていた。黒い部分がどんどんオレンジに染まっていく。観客たちはすでにビール片手に大声で歌っている。遠くに見えるステージに見入っていたら、一緒にいたユースケ氏が気を利かせてビールを買ってきてくれた。
「じゃぁもう1つ上の階に行きましょう!」ビール片手にいよいよこの日の観戦席である3階席まで上がってきた。3階席の最後尾、ステージからもっとも遠い席から見渡すアリーナは壮大だった。ステージにかかっているボードは黒い点にしか見えない。ステージ脇の巨大スクリーンの文字がなんとか見える程度。スコアはきっと見えないだろう。それでも会場全体を見渡せる最後尾席はPDCプレミアリーグを満喫するには正解だった。超満員のアリーナだったが、最後尾の席はさすがに空いていて、ユースケ氏と二人で貸切状態で陣取っていた。
試合開始15分前になってマイクをもった陽気なおじさんが、ステージに上がってきた。地元の有名テレビキャスターといったところだろうか。今日の対戦ラインナップを映像とともに紹介しながら観客を盛り上げていく。バーニーの映像が出たところで会場のボルテージは最高潮に。アリーナはすでにオレンジ色に染まっていて、場内は完全にヒートアップ、歌も歓声もそしてバーニーコールが収まらない。
テレビ中継で観たあの盛り上がりを実際に生で感じている。想像をはるかに超えたスポーツとエンターテイメント。そんな大興奮の状況でPDCプレミアリーグ 第8戦inロッテルダムは幕を開けた。