Vol.89 浅田 斉吾の挑戦
DOLLiS 灰田 裕一郎

2018年1月

素晴らしいダーツを見せてくれた
ワールドダーツチャンピオンシップ開幕
今年もPDCワールドダーツチャンピオンシップのシーズンがやってきた。ワールドダーツチャンピオンシップはPDCという世界最高レベルのダーツ団体が主催する世界最高峰のダーツトーナメントだ。優勝者には世界チャンピオンの称号が与えられる。
出場選手はPDCランキング上位者をはじめ各地予選を通過した選手を含む全72名。この世界トップの選手たちがイギリス・ロンドンのアレクサンドラ・パレスに集結し世界ダーツの頂点を争う。
日本からはPDJファイナルを優勝した浅田斉吾プロ(以降敬称略)がワイルドカード日本人枠として出場。イギリスのもうひとつの団体であるBDOの世界選手権「BDOレイクサイドプロフェッショナルダーツチャンピオンシップ」にも出場経験がある浅田。
今回の「PDCワールドダーツチャンピオンシップ」初出場を果たしたことで世界に2つある世界選手権の両方に出場した初の日本人となった。そして今回のPDC初出場は本人はもちろんのこと、日本のダーツファンも待ち望んでいたものであろう。というのも、浅田斉吾は言うまでもなく現在の日本ダーツシーンで一番強いと言われるダーツプレイヤーだ。
本誌の読者であれば浅田斉吾という選手の強さを説明する必要は無いであろう。誰もが待っていた浅田のPDC挑戦である。

浅田斉吾のPDC挑戦
今回の日本代表である浅田はこれまでの代表選手たちに比べスティールダーツに時間を割いている時間は少ない。スティールのツアーに出ることもなく、リーグ参加もほぼ無い。
基本はソフトダーツのプロツアー「PERFECT」での試合が浅田の主戦場である。出場している試合の割合でいえばソフトダーツ9割、スティールダーツ1割ぐらいではないだろうか。
それを不安視する声は少なからずあった。筆者も浅田のスティール経験が少ないことや、アレンジや打ちまわしの知識や経験が不足していることは心配していた。
しかしあることをきっかけに浅田への不安視は消え、逆に期待度が上がった。PERFECT最終戦を優勝で締めくくった浅田が試合後の放送席で言った言葉である。
「僕がボッコボコにやられるのか、1位の僕がPDCで通用するのか、それを皆さんに観ていただきたい。世界に通用するのかどうかというところです」
「日本の代表ではあるんですけど、PERFECTの1番という誇りを持って頑張りたいと思います」この言葉を聞いてなんとなくだが浅田の挑戦に期待する気持ちが自然と湧いた。

ここ10年PDCの日本代表選手はみなソフトダーツのトッププレイヤーである。PDJファイナルに優勝しワールドダーツチャンピオンシップへの出場権を得るとPDCという世界最高のステージで戦うためにスティールの技術を磨き世界のトッププレイヤーに挑戦すべく準備をしていた。
ところが今回の代表選手になった浅田に至ってはソフトダーツの技術そのまんま、バレルだけスティールモデルを使用しあとは何も変えずにソフトダーツの経験、テクニック、シュート力で挑戦しようという印象を受けた。
スティールのための特別な練習やアレンジはそんなに必要としていなかったように思う。端から見ている者からすれば代表決定以降、もう少しスティールの試合に出場して経験を積みPDCへの準備をするべきではないのかと考えがちだ。
だが当の浅田の考えは違った。「PERFECTの一番として」という言葉がそれを表している。彼にとって今回のワールドダーツチャンピオンシップ挑戦はNo・1ソフトダーツプレイヤーがPDCでどこまで通用するかという挑戦なのだと筆者は感じた。
PERFECTチャンピオンとして、ソフトダーツのトップ選手として、今の浅田斉吾そのまんまで挑戦する。それが今回の浅田斉吾のPDCワールドチャンピオンシップ挑戦であると大会前から感じていた。

予選ラウンド、 ゴードン・メーザーズ戦
浅田のPDCデビュー初戦の相手はオーストラリアのゴードン・メーザーズ。DPAオーストラリアプロツアーを優勝して本戦出場を果たした選手だ。
オーストラリアは日本を含むアジアパシフィック圏で最も強いと言われる国でサイモン・ウィットロック、カイル・アンダーソン、ポール・ニコルソンなどPDCのトップ選手を輩出している。そんな国のプロツアーで勝ち上がってきた選手ということで浅田が簡単には勝てない相手であることは予想できた。
英国ブックメーカーがつけた試合の両者オッズは浅田2、75倍、メーザーズ1、44倍とオッズを見てもメーザーズがかなり有利という見方がこの試合の大方の予想であった。
現地時間12月15日午後7時 大会2日目の第1試合で浅田は長年の夢であったワールドダーツチャンピオンシップのステージに上がりPDCデビューを果たした。
浅田が言う「PERFECTの1番という誇りを持って」というプライドを筆者は試合がはじまって早々に感じ取った。彼の主戦場PERFECTで試合するときと同じように彼の腰にはダーツケースがぶら下がっていた。
そのダーツケースを見て「俺はPERFECTのチャンピオン浅田斉吾として戦う」という意思を感じた。一般的にはスティールダーツの場合、腰にダーツケースをつけてプレイする人は少ない。ましてやPDCのTVマッチでダーツケースをつけてプレイしている選手はまずいない。
そんな中でもいつも通りダーツケースを腰につけてのスタイルを貫く浅田を見て、これは期待できると思った。

メーザーズとの試合は浅田の先攻でスタート
非常に落ち着いた表情で会場の雰囲気にのまれることもなく集中できているように見えた。序盤は少しばかり硬さが見られるも、点取りはとても安定していて100点台を連発。初めての大舞台でこれだけのダーツができるのは、高い技術そしてこれまでの経験と自信なのであろう。浅田の技術はPDCでも十分に光るものがある。ソフトダーツメインのプレイヤーであるにもかかわらずスティールダーツでもしっかりと点数が取れる。
浅田のシュート力がいかにずば抜けたものであるかを思い知らされた。T20からT19のスイッチングもスムーズであった。以前はスイッチングをせずにバレルが邪魔でも無理に突っ込んでいたイメージがあったが、今回の浅田はT20が狙いにくくなると迷わずT19にスイッチしていた。コンバージョンからスティールバレルに変更して、スティールバレルの特性を理解しスイッチングするスタイルになってきたのだろうか。
たしかにPERFECTの試合でもここ最近はスイッチングをする事が多かったように思う。そしてまたスイッチ後のトリプルがよく入っていたことで相手へのプレッシャーもよく効いていたように感じた。

対戦相手オーストラリアのメーザーズ
さて対戦相手のゴードン・メーザーズだが入場の時からゲームセットまで終始表情が緩んでいた。緊張からなのか、余裕からなのかリラックスしすぎの印象すらあったメーザーズ。
闘争本能むき出しという感じの選手ではないようだ。シュート力でバンバン点を取る感じではなく、淡々と投げて相手のミスをつくようなプレイスタイル。
序盤は浅田のシュート力に若干驚いていたようだが、浅田のダブル精度がそこまででないことを知るとあっという間に追いついてサラッとレグを取るあたりはさすがであった。やはりオーストラリアのチャンピオンだけあってアレンジやダブルの打ちまわしは上手い。
タイプの違うふたりの対戦はオープニングセットをメーザーズが取って早くも王手をかけた。

1セット目を取られてエンジンがかかった浅田
点取りで圧倒しながらもダブルが決まらずに1セット目をとられた浅田。相手にリーチをかけられて焦りがでるかと思いきや2セット目からは硬さもとれて彼の本来のダーツが見え始めた。
メーザーズの力を見切ったのか浅田は自分のダーツをしていれば勝てると言わんばかりに集中しはじめる。リズムよくハイオフも連発。決定力に欠いていたダブルの精度もあがってきたことで勢いが出てきた。
ソフトダーツの試合でもそうだがこうなった浅田はもう止まらない。2セット目をしっかり取った浅田はさらにアクセルを踏み込み最終セットに挑んだ。

ゲーム終盤へ流れは浅田
最終セットは序盤から完全に浅田ペース。浅田は圧倒的なシュート力で試合を有利に進め、硬くなったメーザーズからあっさり2レグを連取。2−0で王手をかける。そしてこれを決めれば勝ちというところまで追い込むのだが、どうしてもダブルが決まらない。
第1セットと同じ流れだ。そうなると負けを覚悟していたオーストラリアのチャンピオンも息を吹き返してくる。11ダーツを出してレグを連取。結局ふたりの対決は最終セットのフルレッグとなった。
この試合は予選ラウンドなのでタイブレイクはなくレグカウント2ー2になるとそのまま試合はサドンデス方式となり次のレグをとった方が勝者となる。
最終レグ、普通なら気追って硬くなるようなところだが浅田はここでも落ち着いていた。表情を見る限りこの状況を楽しんでいた。
ブレないシュート力で点を重ねメーザーズにプレッシャーをかける。後半浅田は100点を2連発して残り78点、メーザーズ156点。点差はあるもののこれを決めないとまた嫌な流れになるというところでT18ーD12と見事なチェックアウト!
大事な初戦を見事な勝利で決めた浅田は応援席に向かって大きなガッツポーズを見せた。

見事な初戦勝利
最後はしっかりダブルを決めた浅田を対戦相手のメーザーズも拍手で讃えた。ダブルに苦しみながらも安定した削りで貯金を作ってなんとか逃げ切った初戦。
PDCデビュー戦を勝利、予選ラウンド通過というのは大きい。そしてなによりも浅田のシュート力が光った。点取りの安定感は抜群であった。
日本代表歴代ナンバーワンといえるであろう。ダブルの決定率が高ければアベレージも90点半ばぐらいまであったのではないだろうか。

本戦1回戦 ロブ・クロス戦
見事予選ラウンドを勝ち上がった浅田は本戦1回戦に駒を進めた。対戦相手はPDCデビュー1年目にもかかわらずプロツアーで大活躍しセンセーショナルなデビューイヤーを飾ったルーキーのロブ・クロスだ。
浅田が予選ロウンドを突破すればロブ・クロスと対戦するということでファンは予選通過を待ち望んでいた。その期待に応えてくれたことで浅田斉吾vsロブ・クロスは実現した。
日本のソフトダーツNo・1プレイヤーvsPDCで大活躍のルーキー。この怪物に浅田がどこまで通用するのか楽しみであった。

浅田斉吾はPDCで通用するのか
浅田を応援する気持ちはもちろんあったが試合は一方的に負けることになると予想していた。それぐらいすごい相手なのである。
しかし蓋を開けてみるとなかなかいい勝負。ロブ・クロスもワールドチャンピオンシップのデビューゲームということで少し硬さはあった。
それでもこのレベルを相手にしても一方的なゲームにならないのは浅田の高い点取り技術によるものに他ならない。オープニングレグでいきなりクロスの先攻をブレイクしそうになった浅田。やはりダブルが決まらずブレイクはならなかったが、次の先攻ゲームをしっかりキープした。なんでもないレグかもしれないが筆者はその先攻キープにとても大きい価値を感じた。
その後、クロスにエンジンがかかり第1セットをとられるがあくまでクロスが打っただけで浅田に大きなミスはなかった。第2セット、第3セットはどちらも浅田は先に2レグをとりセットリーチをかけている。クロスの先攻も2回ブレイクしている。
自分の先攻をキープするのも難しいPDCで、クロスほどの選手から2度も先攻ブレイクした意味はとても大きい。
ただどうしても勝負どころでのダブルが決まらない。あと1歩まで追い詰めるもダブルが決まらずにそこからまくられてしまう展開が目立った。第3セットに至ってはいきなりクロスの先攻をブレイクし、次のレグをしっかりキープ。
しかも圧倒的に点数を取ってのブレイクと120点のハイオフを決めてのキープだった。

ロブ・クロスの9ダーツトライ
2ー0でリーチをかけ第3セットは完全に浅田ペース。しかしそこから怪物ルーキーが本領発揮。
13ダーツで先攻キープ(ちなみにその裏で浅田はずっと100点ペースの削りを見せている)で1つ返すと次のレグでギアはトップへ。浅田2ー1クロスで迎えたこのレグはこの試合のハイライトであった。
後攻のクロスはファーストスローで180を出すとそれを浅田が180で返し会場はヒートアップ。そしてなんとクロスは次も180を出し観客の興奮は最高潮へ。
クロスは残りを141点とし9ダーツトライとなった。「9ダーツ出してしまえ!」と思ったファンは多いはずである。というのもワールドチャンピオンシップでの9ダーツは歴史的快挙としてPDC史に刻まれるのだが、対戦相手の浅田も一緒に歴史に残るのである。
映像も繰り返し流れるので浅田の露出も自然と増える。もしかしたら浅田も「出せ」と思っていたかもしれない (笑)。
残念ながらクロスの9ダーツトライは8本目が外れ9ダーツ達成はならなかったが、きっちり11ダーツでレグを取ったクロス。
2ー0からあっという間に2ー2までもってくるあたりはさすがである。だが浅田の内容も決して悪いものではない。とくにクロスの180スタートに対し180で返したあたりは鳥肌ものであった。
しかもこの試合のコーラーはラス・ブレイであったから、このステージでラスに180コールをしてもらったことは浅田自身も嬉しかったに違いない。

クロスの力は本物だった
結局最終レグはクロスがラストスパートで浅田を振り切った。試合はセットカウント3ー0のストレートでロブ・クロスの勝利となり、浅田のPDC初挑戦はここで終了となった。クロスは最終セット0ー2で浅田にリーチをかけてから一度も浅田にダブルを打たせていない。これが世界トップの力なのかもしれない。
しかし浅田はやれる力を遺憾なく発揮した。ソフトダーツで培った技術だけでもここまでやれることを証明してくれた。
TV中継でも解説の元世界チャンピオン 、ジョン・パートが浅田のパフォーマンスを賞賛していた。
そして浅田との1回戦に勝利したロブ・クロスはその後も勝ち進み、ルーキーとして史上初の初出場初優勝を果たし世界チャンピオンとなった。
結果的に世界チャンピオンになるような相手に浅田はとてもいい勝負を見せてくれたのである。

今後の日本スティール界
対戦相手がロブ・クロスじゃなかったら2回戦までいけたんじゃないか?本気でそう思えるほど浅田の実力はPDCでも十分な力を持っていた。会場の雰囲気を楽しみながらも、程よい緊張と集中力。
今回の浅田はとても良い状態で試合に臨めていることが、試合中の表情や動きから伺えた。これまでのBDOなどで見た試合の感じとはまったく違う印象だ。気持ちが入りながらも冷静で、とても集中できていた。試合前の準備がうまくいったのであろう。会場に家族が応援に来ていたことも関係しているのかもしれない。
今回のPDC初挑戦で浅田斉吾が見せてくれたダーツは日本のプレイヤーたちに未来を感じさせるものであった。もちろん課題はある。アレンジの不慣れやダブルへの打ちまわしなどスティールダーツならではの技術はまだこれからだ。
今回はそれを分かった上で、あえてそのまま挑戦したところに意味があったと思っている。その点を強化していけばきっと浅田斉吾はPDCランキング上位に入るプレイヤーになるであろう。
今後ソフトダーツだけでなくスティールでもさらなる進化を遂げるであろう浅田斉吾に注目していきたい。