「ダーツ人生を語る 努力・栄光・苦悩・挫折」
「日本で最初にプロになった男」
20年前、アメリカにソフトダーツ留学
久しぶりのインタビューですが、よろしくお願い致します。今回NDLが変わるのですが、その最初にジョニーにお願い致しました。ところでダーツ歴は何年になるのですか?
2001年からなので、24年目に入ったという感じですかね。長くなってきました(笑)。
アメリカ・シアトルにソフトダーツ留学に行かれましたが、そのお話をお聞かせ下さい。
何年に行ったのかは明確に覚えていないんですが、30才の頃半年間シアトルの郊外で、メダリスト(マシンメーカー)が開催するリーグに参加しました。会社の業務をお手伝いしながら、ダーツ漬けの日々を送っていましたね。
当時はアメリカは日本よりもレベルが高いと言われていましたね?
僕はレーティングでは15ぐらいあった時期でした。リーグはただ楽しみで投げるクラスから、トップはかなりガチで投げるようなクラスもあり幅広かったですね。僕は全部のクラスに参加させてもらって、1週間で5日出ていました。
5チームに所属していたんですが、5チームに参加していたのは僕ともう一人だけでしたね。「おまえ何しに来たんだ?」「リーグに参加するためだよ」「週に5日もダーツ投げていて、大丈夫なのか?クレイジーだよ」なんていう会話もありましたね。とても楽しいリーグでしたので良い思い出です。
英語では苦労されましたか?
若い頃ワーキングホリデーで海外経験はあったのですが、英語勉強が目的ではなくて日本人と一緒に遊んでいました。
そのためほとんど話せなかったので、生活する上での必要最低限単語を覚えて生活していました。コミュニケーションは難しかったので苦労しましたね(笑)。
現地では歓迎されたのですか?
アメリカ郊外の街にあるバーなのでアジア人は見かけず、最初の頃は煙たがれたと思います。でも端の台で一人で投げて1000点をぼこぼこ出していると、やがて常連さんが話しかけてくれるようになって、一緒に投げるようになり、そのうちに「おもしろい奴だ」となって受け入れられるようになりました。そうなると今度近くのお店でハウストーナメントがあるから一緒に出ようよ、などと誘われるようになって人間関係が深まっていきましたね。知り合いになると皆さん優しかったです。
やはりジョニーの明るい性格が大きな手助けになったのでしょうね。
ダーツのためだけに渡米して、それなりにうまかったので物珍しい日本人だったのでしょう。改めてダーツは世界中で友達が作れると再認識できました。
ホームシックになったのではないですか?
今のようにスマホは無く国際電話は料金が高かった時代でしたから、日本語に飢えていましたね。1週間に1回、街の中心部にあるお寿司屋さんに行って、日本語で注文して会話するのがガス抜きでした(笑)。
その半年で学んだことは?
うまい人がたくさんいたので一緒に投げることによって、多くのことを吸収出来たと思います。メダリストのオフィスに居ても投げていたので、日本で投げていた時と比較すると、よりダーツに没頭できていましたね。
実力的には上がったと思いますし、海外プレーヤーとの対戦方法など学べたことで、後に海外大会に参加する際にはかなり役立ったと思います。日本では考えられないようなフォームの人もいて、その個性には驚かされました。それでもバンバン入るので不思議・謎ですよね。十人十色、正解は無いんだと考えるようになりました。
当時はダーツではプロという明確な規定が無かったので、ジョニーが最初のプロダーツプレーヤーだと思っているのですが…。
その頃お世話になっていた人が「日本ではまだダーツだけで生活できている人はいないだろう。お前がその一番になれ」と言われて、面倒見ていただきました。それで大会に出場したりして、ダーツだけに専念して職業として成り立ったわけです。
今ではお店でのイベントやプロツアー賞金などで収入が得られる道がありますが、昔はあまり選択肢が無かったですからね。とても良い環境を与えていただいて、感謝しています。
昔はネットが無かったので噂でどこで誰が強いとかを聞いて、腕試し対戦するために行っていましたが、その当時の事情を教えて下さい。
まず最初は自分が通うお店で一番になれるように投げていて、そこで投げる相手がほとんど同じ人になって来ると、おもしろくなくなってしまうんですよね。外の人と投げてみたいな、というのがきっかけで噂で強いプレーヤーがいるというのを聞いて、そこに出向いて出稽古みたいな感じのことをしていました。関東圏内のお店にはけっこう行きましたね。
居るかどうか不明でも行っていましたので、今では考えられないですよね!本当に懐かしいです。最近では通信でも対戦できるので、ダーツも進歩しました。

一時期DーCROWNというグループが日本ダーツを引っ張っていました。そこで代表するプレーヤーでしたね。
お世話になっていた方がDー1というマシンを作っていたメーカーさんだったので、そこで主催するDーCROWNという大会に出ることが当たり前だったんです。そこには当時実力者が多く出場していて、切磋琢磨していました。
振り返ってみると、あの頃の勝った負けたという勝負の中で、負けず嫌いに火が着いて今の自分があるのかと思っています。
どの地域でも大きな大会を主催していて、皆さんダーツに熱かったですよね。
最初にダーツを始めた頃は、先輩方にダーツバーでのしきたりや対戦する際の挨拶、礼儀など様々なことを教えていただきました。そういう事に知識のある、ダーツに以前から携わっていた人たちが集結したグループでした。縦横の人間関係の結びつきは強く、ダーツに対する思いは熱い人ばかりでしたね。
当時の大会ではトップ選手のレベルは高かったですし、花もあったと思います。挑戦したいプレーヤーは多かったですね。また主催者側の「大会でダーツを楽しもう!友達を増やそう!」などの積極的な働きかけなどもあり、大勢のプレーヤーが参加して大成功していたのだと思います。そのノウハウは今の大会運営でも引き継がれているでしょうね。
当時活躍していた中でも消えた人、残っている人、移り変わりはありますがジョニーは今も頑張っていますね。
10年前ぐらいに自分が頑張っていれば、ダーツを止めてしまった、大会に出なくなった、とかのプレーヤーが「あいつ40でも頑張っているのか」、ではもう一度始めるか!というきっかけになってくれれば、と思いました。昔一緒に投げていた人たちを引き戻したいです。諦めたプレーヤーに「まだ勝てるぞ」とダーツの楽しさを思い起こして欲しいですね。
僕はダーツしか無いので続けている中で「ジョニーさん頑張って!」などの声もあるので、嬉しいですし励みにもなっています。
ただ長いだけではなく、JAPANでは上位に喰い込まなければとは思っています。優勝した時の嬉しさを知っちゃっているので、また味わいたいですね。
多くの人が怪我などあるようですが、身体は大丈夫でしょうか?
もちろん痛みがあったり、疲れが取れないなど年齢から来るものはあります。しかしダーツが原因で壊れたことは無いですね。違う仕事で、この20年の間で骨折も経験したんですが、それが左足だったため軸足では無いのでダーツは投げれました。完治していない期間でも練習はしていて、試合にも出ました(笑)。
では肘とか腰とか無理しない投げ方なのですね?
昔からいっぱい投げていたんで、肘に負担が無いように投げようとかは意識していました。毎日投げるので、いかに楽に投げられるのかを考えていましたね。
WEBサイト Jースタジオを立ち上げた頃のお話をお願い致します。
プレーヤーだけでなく他の形でダーツに携われないかな、と考えていた時期がありました。そしてタイミングよく後押ししていただける方がいたので、映像を主としたウェブサイト「Jースタジオ」を立ち上げました。
長く付き合っているとダーツはうまい、しかしそれ以外に特技がある、喋ることが上手でおもしろい、とかいろいろな人がいるんですよね。真剣勝負はそれで映像に残してたくさんの方に見ていただきたい、という気持ちもありました。多岐に渡っていろいろなテーマを扱っていました。
お店や大会、メーカーさんなどにも協力していただいたんですが、少し早かったかもしれませんね。今だったら、もっと盛り上がっていたかもしれません。
プロツアーが始まってからプロプレーヤーという明確なルールが出来ました。今ではライセンスもありますが、どのように思っていますか?
DーCROWNもプロ化したんですが、個人的な見解で最初の1年は反対して参加しなかったんです。ダーツは遊びの延長だと考えていたので、高額な賞金を出してしまうと人生狂うとまではいきませんが、若いプレーヤーの考え方が変わってしまうのではないかと危惧していました。果たして責任持てるのか?と疑心暗鬼でしたね。
その後目立った事件も無く運営もしっかりやっていたので、生意気ですがこれだったら大丈夫だろうと参加を決めました。
プロライセンスがあることによってプロ意識も強まると思いますし、若いプレーヤーたちのレベルもどんどん上がって来ています。プロとしてのマナーも求められ、大会も厳しく管理されています。2つのプロツアー団体がありますが、日本ソフトダーツプロツアーはほぼ完璧ではないでしょうか。

ご自身の成績についてはいかがですか?
JAPANは10年ぐらいになりますが、参加してから優勝は8回ですかね?最後の優勝は数年前です。悔しいですが周りのレベルが上がって来ていて、自分の実力では届かなくなっているのを感じます。自分の力が下がって来たら諦めようと思うのですが、技術的な面では下がっていません。周りが上げているんだったら、50を過ぎていますがさらにうまくなってやるぞ、と練習に取り組んでいます(笑)。
今のJAPANのランキング状況については、どう思っていますか?
今JAPANではレーティングでいうと17〜18の人たちが上の方にごっそり集まっているという形で、その中で今日誰が一番強いのかという試合をやっているんだと思います。試合展開ではどうしても、より強いダーツが求められる場面があります。その時にナインマークを連発するとか、ブルを外せない時に確実に続ける集中力とか、安定では無く爆発力がある方が勝利できるようになって来ました。今までのようなレーティングでは高くても、そこそこのダーツではもはや勝てなくなっている状況です。
数名の若いプレーヤーはそれが出来ているので、上位に位置している理由ですね。そしてベテランプレーヤーもレベルを上げて来ていて、トップ10に数名いるのは頼もしい限りです。
ファンの方々にとっては幅広い層が活躍しているので、見ていて楽しいことでしょう。そこに入れるように頑張るぞ!ちょっとお待ち下さい。
長い間ダーツ界を見て来ていますが、現在の状況をどう思っていますか?
僕が始めた頃は皆さん、ソフトダーツにしか目がいっていませんでした。それが僕も含めてスティールダーツをかじるようになって、初めて世界との差を感じるようになったと思うんです。世界で有名なプレーヤーのフォームを真似したり研究するようになって、改めてダーツの奥深さについて考えるようになりましたね。世界のトッププレーヤーは次元の違ったダーツを投げています。
それでも今では日本人もスティールにおいて、世界に近づきつつあると感じています。それはこの23年での確実な進歩ではないでしょうか。
ソフトダーツでは日本は世界の頂点に立っていると思いますが、これからはスティールにより挑戦するプレーヤーが現れるでしょうから、期待したいですね。
10周年記念号で一緒にPDCのプレミアリーグに行きましたね。
ダーツを観戦する文化があるので、熱狂的な盛り上がりで驚きましたね。日本とは全く違った舞台で、僕でも興奮しました。バックステージやプレーヤーたちの練習風景も見られて、貴重な体験になりました。
ここ数年ダーツ界にも浸透していますが、SNSについては?
僕は個人的にX(ツイッター)が好きで発信しています。試合で自分をアピールするのが一番なんですが、それ以外でも趣味や取り組んでいるテーマ、特別な出来事などを多くの人に知ってもらうには、気軽で楽しいですよね。
今の若い人たちは慣れていて、うまく活用していると思います。生活の一部になっている人もいますからね。いろいろ論議も始まっているようですが、情報拡散という意味ではタイムリーで影響力があると思います。欠かせない道具になっていますね。
ダーツメーカーなどもプレーヤーに発信するよう、お願いしていますよね。
そうですね。契約に入っている場合もあると聞いています。スポンサードしていただいているのですから、新商品の告知・宣伝など協力するのは当然ですよね。
今年はコスモダーツ所属ですね。プロにとってスポンサーはやはり大事なことですか?
プロダーツプレーヤーは野球やサッカーのように、チームに所属しているわけでは無く個人で活動するので、スポンサーの支援は不可欠だと思います。プロツアーを1年全試合周ると、かなりの資金が必要になります。無いと遠征費など全てが個人負担となりますので、かなり厳しいでしょうね。
新しく参加するプレーヤーにとっては悩ましいハードルだと思います。
これからプロダーツプレーヤーを目指す人へのアドバイスについてお願いします。
アドバイスかぁ?そうですね「僕より、うまくならないように!」ですね(笑)。参加したいという気持ちは分かるんですが、試合は緊張する!ということを知って欲しいです。そしてあのドキドキ感は試合でしか、感じ取れないんです。
プロになる前の段階で1年間ツアーを周れる資金を準備して、できるだけ多く試合での経験を積むことをお勧めしたいと思います。スポットで近場の大会にだけ出場するというプレーヤーも多いですが、試合数を重ねた方が慣れるのが早いので、実力が発揮しやすいですね。どうしても試合が空くと、いろんな事を忘れてしまいます。
最近は他のお仕事もしていると聞いていますが…。
コロナ禍では大会もイベントも無く、家で練習したりネットの大会に出たり見たりすることしか出来ませんでした。明らかに体力が落ちているのを感じていたので、身体を動かせるような仕事があれば、収入にもなるし一石二鳥だなということから始まっています。
ダーツプロはツアーでの賞金とスポンサーからの支援で生計を立てているのですが、成績が落ちて来ると比例して下がり厳しくなります。
正直ダーツをやめて他の仕事をしようかな、と考える時期もありました。しかし嫁さんの「投げれる内は続けて!」という後押しもあって、ダーツはメインですが他でもいろいろお手伝いをさせていただいています。
身体を目一杯使ってやっているので今52才ですが、年齢を考えると筋力はあると思いますよ。より健康になりました(笑)。
最近プロプレーヤーがお店を開店していますが、考えていないのですか?
興味を持って店舗探しをした時期もありました。ただ縁がなかったのか、良いなぁと思った物件が既に決まっていたケースが何回もあって、諦めてしまいました。
僕はダーツバーで働いたことが無いので、いきなり経営が出来るのか?という疑問もありましたね。バーで働いてみて経験してみようと思ったのですが、オジサンですからね。特にオファーも無く今に至っています(笑)。
では最後にこれからの人生計画について教えて下さい。
それ一番困るんですよ…。10年後60を過ぎて金髪にしてダーツを投げてる自分が想像できないです。優勝が何回も出来れば力になるでしょうが、どうでしょうか?モチベーションの保ち方ですよね。考えると落ち込んでしまうんで、それについては先延ばしに…。
ポール・リムは70才で、まだ優勝していますよ?
彼が僕の年齢の頃は間違いなく、バチバチのダーツを絶好調で投げていたんだと思います。比べないようにしていて、ポールは神様で別人・鉄人です。
この前も片言の英語でお話したんですが、彼の前で「もう年だから…」なんて絶対言えないです。励みというか目標ですね。








