2019年5月号
世界に映った日本のチョンマゲ!
もしかしたら選手と握手できるかもしれないと待っていた時だった、PDCオフィシャルカメラマンのローレンスが写真を撮らせて欲しいとカメラを向けてきた。やはりヨーロッパでチョンマゲ姿はウケがいい。もちろんそれを分かってのコスチュームだった。PDCオフィシャルに続いて、オランダのダーツ雑誌にも撮影を頼まれた。プロのカメラマンに写真を撮られて、恥ずかしながらちょっと浮かれ気分になった。
さて、そんなこんなの間にステージ上にレフリースタッフたちが現れた。大型モニターには生放送と同じ内容のビデオが流れはじめた。スカイスポーツのデイブ、マーク・ウェブスター、ウェイン・マーデルら解説陣たちもステージに上がった。オレンジに染まった満員の会場全体から大歓声が起こりオランダ開催2日目となるプレミアリーグ第9戦が始まった。
オープニングゲームの始まりを選手入場通路の脇で待っていた。1試合目の対戦カードはダリル・ガーニーとメンサー・スルホビックだった。MCのジョン・マクドナルドがメンサーをコールした。音楽に合わせてメンサーが通路を歩いてくる。必死になってメンサーの名前を呼びながら手を伸ばしたが、メンサーの手にあとちょっと届かず、惜しくも空振りに終わった。後になって知ったのだが、この時の必死に叫んで手を伸ばしている筆者の姿がテレビ中継に映ったらしい。映像を確認してみたが確かに映っていた。その時の形相は人に見せられるものではなかったので、ここで紹介はしないでおく。
続いてはガーニーの入場だ。昨晩同様に彼の入場曲「スウィートキャロライン」は会場全体で大合唱となった。
そんなに知名度のある曲なんだろうか?と思いながら、サビの部分ではテレビ中継で見て知っていた「So Good! So Good!」と大声で叫んでいた。
選手の入場が終わるとセキュリティが寄ってきて、騒いでいる観客に自分の席に戻るよう指示を出す。PDCのセキュリティはプロレスラー並みの体格で、おっかない目つきの人ばかり。みんなおとなしく自分の席に戻っていく。指示に従わない観客はすぐにセキュリティーが集まってきて、会場の外につまみ出されることになるのだ。
この日は観戦席から選手のスローも見える絶好のポジションだったので、試合の展開よりも、選手それぞれのスローイングや技術を見ることに没頭した。フラッシュを使わなければスマホでの写真撮影やビデオ撮影もOKだったので、選手全員のスローを必死に撮影した。
初日は会場全体の雰囲気を味わい、2日目はステージ下から選手たちのダーツを堪能した。初めてのプレミアリーグ観戦でこれ以上ない楽しみ方だ。今回の記事を書くことなどすっかり忘れて、試合そっちのけで選手の一挙手一投足を目に焼き付けていた。
2試合目の試合中だった。テレビ中継のカメラクルーが自分の前に突然現れた。テレビカメラの上のランプが赤くなったら、テレビ中継に映るから扇子を振ってポーズをとるように要求があった。カメラがこちらに向けられる。筆者の後ろには自分も一緒に映ろうとたくさんの人が集まってきていた。カメラのランプが赤くなった。3秒間ぐらいであった。世界で100万人が観ていると言われるPDCプレミアリーグの生中継に映った。しばらくしてスマホの通知音が鳴りだした。生中継をみていた人たちからの「映ってたぞ!」という連絡が続いた。
日本時間の早朝4時にもかかわらず、多くの人が日本でも見ていたようだ。テレビに映ったのは良い記念になった。この日は試合進行がテンポよく進んでいた。選手ひとりひとりのダーツ技術に見入っていたので、あまり試合そのものをみていなかった。3試合目も終わり次がメインイベント、
歴史に残るであろうMVGとバーニーの試合であることは会場のざわつきと観客たちの異常なまでの盛り上がりが教えてくれていた。バーニーはこの試合がPDCプレイヤーとして母国オランダで投げる最後のゲームとなる。
すでに書いたように対戦相手はバーニーと共にオランダをダーツ世界一へと牽引してきたMVG マイケル・ヴァン ガーウェンだ。MVGの人気は言うまでもないが、やはりバーニーのラストゲームとなったこの日は会場全体が英雄バーニーの応援にまわることはMVGも承知の上であろう。
バーニーコール
休憩時間が終わりメインイベントの時間となった。会場全体からバーニーコールが沸き起こりアリーナ全体に反響する。この迫力は実際にこの場にいなければ、いくら言葉で伝えても伝えきれないほどだ。バーニーの紹介ビデオが流れ、会場にサイレンが鳴る。筆者もきっと最後となるであろう、生で見るバーニーのウォークオンを固唾を飲んで見守った。
MCのジョン・マクドナルドが5度の世界チャンピオン レイモンド・ヴァン バーナベルトをコールする。スクリーンには天を見上げるバーニーが映しだされた。バーニーの目には涙が溢れそれが頬をつたっていた。
「Berney!Berney!」声援を送りながら観客たちも泣いていた。入場曲「アイ・オブ・ザ・タイガー」が流れた。バーニーはそっと涙を拭いて歩きはじめた。オレンジに染まったAHOYアリーナと割れんばかりのバーニーコールがオランダの英雄を称えていた。入場通路最後のところでバーニーは、その日はじめて試合観戦に来た孫をみつけて笑顔を見せた。バーニーは自分が試合に臨む姿を孫に見せるのが夢だったんだ。最後の最後で夢が叶ったとインタビューで語っていた。そしてバーニーはいつも首にしていたネックレスを外し、孫の首にかけステージへ上がっていった。ステージに上がるといつもの敬礼をして、レフリーたちと握手をしステージ中央へ。そして彼のトレードマークである、腕を広げて天を仰ぐチャンピオンポーズを11、000人の観客に披露した。
もし試合に勝っていたら勝利インタビューの後に、もう一度このポーズを母国のファンに見せていただろうが、それが叶うことはなかった。プレミアリーグ最後の試合をバーニーは1ー7の大差でMVGに敗れステージを去った。
試合中、ファンたちはステージ上のバーニーに声援を送り続けたが、それは「頑張れ!」ではなく「今までありがとう!」という気持ちがこもっているようだった。試合後半、観客たちは応援することよりも、バーニー最後の勇姿を目に焼き付けていた。バーニー本人もプレミアリーグの最後を母国のファンの前で終えられたこと、そしてその姿を孫に見せられたことで十分満足していたように思えた。
試合に負けたバーニーは、ファンの声援に応えることもなく静かにステージを去っていった。てっきりファンにメッセージを残してくれると思っていたのでいささか拍子抜けした感じだ。ステージ上でMVGが勝利インタビューをしている間も、バーニーが何もなく去ったことに会場全体がザワついていた。最後に何か言って欲しかったなと思いながら、MVGのインタビューを見ていたその時だった。ステージ脇の階段をバーニーが上がって来た。インタビューをしていたMVGもこれに気付き大喜びして拍手でバーニーを迎えた。ステージ下ではスタッフたちが慌てていた。おそらく予定していないことだったのだろう。MVGと言葉を交わし、マイクを受け取ったバーニーはステージ中央に進み観客に向かって話し始めた。大声援でバーニーの声がかき消されそうだったが、バーニーは表情を変えずしゃべり続けた。
すぐにアリーナ全体が静まり返り、バーニーの声だけが響いていた。オランダ語だったので何を言っているのかまったく分からなかったが、会場全体に寂しい空気が満ちていた。表情を変えずに話しつづけるバーニー。そして最後にテーブルにマイクを置いてうつむいたまま再びステージを去っていった。観客たちはそんなバーニーを惜しむようにバーニーコールの大合唱で送り出していた。バーニーは年末での引退を予定していたが、それを早めてこの日を最後に現役引退しようとしていたらしい。以前からバーニーはPDC選手として一番大事にしていることとしてプレミアリーグで戦うことを口にしていた。そんな特別な思い入れがあったプレミアリーグから去ることになったこの日、バーニーにしかわからない心に期するものがあったのだろう。
今回のオランダまで来た一番の目的であった、バーニー最後の勇姿をこの目に焼き付けるという目的は達せられた。そしてPDCプレミアリーグという世界最高峰のダーツイベントを全力で味わうこともできた。感無量だった。最後の試合はマイケル・スミスとジェームス・ウェイドという好カードであったが、途中まで見て早めに表に出た。バーニーの最後を味わって脳も心もすでに満腹状態だった。
盛り上がっている観客たちをかき分け、ビールでびしょびしょになった床に足を奪われながら必死に出口を探した。会場を出るとユースケ氏も同じ気持ちだったらしく、会場外ですぐに合流することができた。ユースケ氏はアリーナから出てくる人たちを撮影していた。YouTubeの映像で使うらしい。
昨晩とは少し違う、なんとも言えない達成感というか、虚無感みたいなものを感じながらそれを見ていた。バーニーへの別れの気持ちを自分なりに整理していたのかもしれない。いやこれはきっと「バーニーロス」というやつに違いない。地下鉄の駅はカオスだった。暴れてる人、酔っ払っている人と入り乱れていた。
バーニーロス状態の二人は同じことを口にした「歩いて帰ろう」。とくに会話することもなく運河沿いの歩道を二人で1時間以上歩いてホテルまで帰った。ロッテルダムの夜霧がこの2日間の興奮を少しずつ冷ましてくれるようだった。
夢にまでみたPDCプレミアリーグ観戦が終わった。世界トップのダーツ、最高のステージと会場。ダーツが好きで好きでたまらない人間には最高のエンターテイメントだった。そしてバーニーの最後を生で観られたことも一生の思い出になるだろう。
今回の記事でこの興奮と感動はどれぐらい伝えられただろうか。ダーツを愛する人すべてにプレミアリーグの素晴らしさを知ってもらいたい。そんな願いを込めて今回の観戦記は終わりにしたいと思う。
最後に長い記事を読んでくれた読者と、たくさんの興奮と楽しい時間を共有した、西田裕祐氏に感謝を込めて、ありがとう。