2003年12月号
夢のような舞台
世界のダーツ大会においても5本の指に数えられる由緒あるパディ・パワー・ワールド・グランプリが10月20日より10月26日までアイルランドの首都ダブリンで開催された。世界トッププロのランキング32位以内のみが参加できる、まさに真の実力者を決める大会だ。501のシングルス戦だけで戦われるダブルスタート・ダブルフィニッシュの1週間の競技である。想像を絶する程厳しいものであるとは聞いていたが、勝つ者負ける者それぞれの表情や姿は忘れがたい記憶となった。
月曜日から始まっている大会なのだが、仕事の都合上ダブリンへは水曜日到着の予定だった。しかし、当日は悪天候のためダブリン空港が閉鎖、ロンドンで4時間待ち現地到着は夜になってしまった。結局木曜日の2nd Roundからの取材となったのだが、夕方から会場のシティー・ウエストホテルまで行き、前もってコンタクトを取っておいた人物を探す。さあ、いよいよ夢の舞台だ……。
そういえば1月に自宅まで伺ったジョン・ローはどうしただろうか。現在、彼はランキング14位だから来ているはずなのだが。主催者に尋ねると、敗れたので既に帰路にあるという。プロの世界の厳しさを垣間見た気がした。
このパディーパワー・ワールドグランプリの会場が大きなホテルであるということは事前の調査で知っていたが、タクシーでダブリン中心部より約40分、実際に到着してみるとあらためて驚いた。ホテルの名前はシティーウエストホテル。結婚式の披露宴にも頻繁に利用され、ゴルフコースも併設されている一流ホテルだ。メインエントランスには右ページのようなシャンデリアが高い天井より吊り下げられ、ダーツ大会がこのような格式高い場所で開催されているということに関心した。ダーツに対して根本的に何かが違うということを会場の設定からして思い知らされた。日本で海外取材をしようと調べている時から、この大会には特別に興味があったのだが、やはり思っていた通りだ。断然、優雅な趣のある大会にちがいない。期待で胸が膨らんだ。
事前に連絡をしていたPDCのチーフ・エグゼクティブのティム・ダービー氏を探すが、なかなかみつからない。暫くしてスタッフから、彼は今忙しいため後から顔を出すということを伝えられたので、パブで待つことにした。勿論、ギネスをオーダーして待つこと30分、主催責任者の彼は現れた。
この大会の主催状況を聞いてみると、世界で大きな大会は数多く開催されているが、この大会はその中でも5本の指に入る由緒ある大会だということ。PDCランキングで32位までのみが参加できること。すべて501のダブルスタート、ダブルフィニッシュのシングルス戦だということ。スタッフ数はテレビ、雑誌・新聞社の各メディア関係だけで約50名。セキュリティーや受付などのスタッフが30名。ホテルのスタッフも含めると、1週間で100名以上が待機していること。観客は平日で500名、週末の決勝、準決勝では約1,000名を予定していることなどを多忙にもかかわらず約一時間にわたり、詳しく説明してくれた。
彼は2階にあるプレスルームに私を案内し、「ダーツ・ライフ」が使用する許可と、そしてメディア・マネージャーのミス・ゲールを紹介してくれた。彼女は一見して才女とわかる英国女性で英語も分かりやすく、これ以降全てのスケジュールにおいて彼女のお世話になることになった。
競技舞台の横で写真を撮る時の位置(当然フラッシュは厳禁)、プレスルームの使い方、プロプレイヤーとのインタビューの時間など細部にわたって全てが決められていたが、馴れるに従い自由に行動が取れたので、当初の予測よりはるかに良い取材ができたと思う。以降のページでできるだけ臨場感を伝えられるよう努力したいが、読者の方々にはどこまで伝わるだろうか。
試合が開催されたのは、ホテルの奥にあるイベント会場であったが、まずホテルのパブを通って、そしてまたイベント会場用のパブを通ってとなかなか長い道のりだ。そして上の写真が会場の受付なのだが、そこだけでも200畳ほどの広さがあったであろうか。入り口から見て右にダーツショップ、その先に飲み物が買えるカウンターバー、左にブックメーカーのパディーパワーとテレビモニターが配置されている。受付の広間は平日こそ広く感じたが、週末には大混雑だった。
ダーツショップは興味深い。新品のみならず、アンティークも置かれている。それゆえ同じようなシャフトでもそれぞれのセットによって値段が異なり、なかなか日本では手に入らないような商品もあった。ここはコレクターにとっては何時まで見ていても飽きない場所だろう。
カウンターバーで売られているのはお酒類のみ、コーヒーやソフトドリンクは置いていない。ある日、私は二日酔い気味でお酒以外のドリンクがほしかったのだが、仕方がなくビールで喉を潤すこととなった。食事も簡単なサンドイッチとカレーだけで、観客はとにかくひたすらビールやカクテルを楽しんでいるのである。大人のスポーツを象徴しているといえばそうだが、アイルランド人恐るべしだ。
会場入り口の扉前では、大勢の熱狂的ファンがプロプレイヤーにサインを頼むために待っている。選手たちは度々立ち止まっては笑顔で応じていたが、そんな姿も日本ではまだこれからだ。
東京より何度も交渉し、やっと手に入れることが出来たPRESS CARD。プレスルームへの出入りも自由で、まさに取材をするにおいては必需品。貴重なカードゆえに試合が終わると、何人かの一般客から譲ってほしいとねだられた。勿論、記入された本人以外使用不可。
大会を支えるスタッフの様子はどんなだったか、それは大会の成功の鍵を握る重要な要素だ。
まずテレビ中継。日本ではまだ見たことのない光景だ。テレビカメラは14台、クルーは総勢35名、見事に仕事をこなしていて、テレビアングルと切り替え操作はまさに完璧だ。試合の様子は忠実に実況され、上階のプレスルームでは、舞台の横にいるよりも分かり易かったほどだ。テレビカメラは舞台の回りを自由自在に動き回り、魅力的なプレイヤーの動きをとらえ、的に打ち込まれていくダーツを確実に映し出す。会場に取り付けられたいくつかの大画面なくしては、数百人にも及ぶ観客を同時に熱狂させることは不可能であろう。スカイスポーツの面々のプロフェッショナルの技には敬服した。
日本においてテレビ中継の可能性はどうなのだろうか。まだ、プロ認定の組織も制度もないので、このような真剣な試合の実況中継は難しいかもしれないが、近いうちにダーツ番組がお茶の間に流れる可能性は大いにあると思われる。そうなったら素晴らしい、ダーツ界はより盛り上がるだろう。ただその際に望みたい事はダーツというゲームを魅力あるスポーツとして、正しく放映してほしいということだ。外国では伝統のあるスポーツとして既に認知され、メディアも対応できるが、日本ではまだまだ新しい種目、必ずしも真面目に取り扱われない危惧がある。しかし、それは日本のダーツの進む方向を左右する可能性があるだけに、あらゆる方面のダーツ界の人々と討論し検討すべき課題ではないか。この試合のような質の良い番組が制作され放映されれば、ダーツ人口がさらに飛躍的に増えるのは疑いようもない。
次に他のメディア。さすがメジャーなスポーツとして扱われているだけに、雑誌社、新聞社など各社がプレスルームで待機していて、部屋のモニターで試合の様子を食い入るように見入っている。試合が決まりそうになると各スタッフは下の会場に走り、それぞれの試合結果はその場で記事にされ、インターネットなどで送られていく。その後は勝利者がプレスルームに呼ばれ各社と単独インタビューだ。
「ダーツ・ライフ」は、このシステムが日本でも始まることを願っている。例えば、私たちは日本各地の大会に出向き、その雰囲気や結果プレイヤーの様子などをできるだけ魅力あるものとして伝えるよう考えているが、なかなか困難なのが実状だ。それは、日本のプレイヤーたちが、まだまだインタビューなどに馴れていないこと、試合の前後関係の都合上、きちんとしたインタビュー時間を把握できないことなどが上げられる。日本でもこれだけダーツがメジャーになり、トッププレイヤーと呼ばれる人たちも少なくない。彼らやその他のプレイヤーにスポットを当てるためにも、今後の取材活動は重要ではないか。プレスルームとまではいかなくてもプレスコーナーのようなものを設けることが出来れば、トロフィー受賞者が自分からそこまで出向き、コメントや写真が撮れ、より内容の濃い取材が可能だろう。またプレイヤーの意識向上にもつながるのではないだろうか。これには大会主催者の協力が不可欠なので、主催者の皆様にこの場ではありますが、ぜひご協力をお願い申し上げます。
メイン会場の扉を開けると感動の舞台は興奮の坩堝
この写真を見て読者の方々はどう感じるだろうか。この感動の舞台をどのように伝えたらいいのか、戸惑うばかりだ。ダーツに熱い人にとっては、これこそ夢の舞台、そこにいるだけで極上の時間が流れ、感動が心の奥から何度もこみ上げて来る。ダーツを愛してやまない人がこの空気に触れたら、膝は震え呼吸が止まるかもしれない。強烈に応援するプレイヤーが勝った時の感動を想像してみてほしい……。
日本では、ダーツはアマチュアスポーツのため、大会はプレイヤーが参加し、一緒につくり上げることによって成り立っている。しかしパディー・パワー・ワールド・グランプリはそれとは全く異なった、いわゆるショーである。当然のことながら観客がダーツをするということはなく、世界のトッププロの妙技を全観客が応援し、歓喜するのだ。理解しにくい方はボクシングなどのスポーツとを想像していただきたい。例えば決勝戦でフィル・テイラーは、途中から180を次々に連発するのだが、その時の観客は絶叫状態。ダーツというゲームを熟知している観客は、180が出たときに、それ用に準備された台紙に思い思いのメッセージを書き、この時とばかり一斉に振り上げる。たちまち会場内にはウェーブが巻き起こり、会場全体が興奮と絶頂の渦に導かれていく。この雰囲気を紙面で表現するのはなかなか、たいへんだ。
観客はやはりアイルランド人、英国人が多くを占めるが、その他の国からもたくさん応援に来ている。まず目を引くのが、ジョン・パートの国のカナダ人。メープルリーフの帽子をかぶり、国旗を振ってカナダを主張している。そしてローランド・ショルテンのオランダ人も同様だ。
遠くからわざわざ来ているだけあって、勝った時はあまり近づきたくないほどに爆発している。
しかしながら、けっしてセキュリティーが取り押さえるなどというものではなく、守るべきマナーはきちんと守っているのだ。例えば、プレイヤーが投げる時は会場は水を打ったように静かになる。そして決まると拍手と喝采、決まらなかったときは大きなどよめきが起こる。数百人がプレイヤーの一投に呼応するのだから、いかにダーツというゲームを理解しているのか一目瞭然だ。
やはり準決勝、決勝の応援はそれ以前とは違って、さらにエネルギッシュだった。2人のプレイするただ1試合のために、千人近くが観戦に来るのだから、その熱さといったら……。
会場の様子は平日と週末では多少雰囲気が違う。平日はどちらかというと個人プレイヤーへの応援が主体なので、声援は個人名のニックネームが断然多いが、週末はそれに国対抗のような趣が加わる。決勝、準決勝に入ると特別な演出と観客の多さで、会場は今まで以上に華やかだ。前日まではそれほど目に付かなかった子供たちの姿も目立つ。老若男女が、応援するプレイヤーが勝利する度に、満面の笑みで拳を突き上げる。最初はダーツの試合なのにと戸惑ったが、馴れてくるとかなり楽しい。応援する選手が180を連発すると、自然に大声で応援するようになる。舞台に近い前の席はVIP席だ。男性はジャケット着用、女性はロングドレスの観客が目に付く。会場がホテルということもあるだろうが、ダーツの試合はやはり歴史のあるスポーツなのだと再認識。舞台から離れた席辺りは応援が最も過激だった。熱狂的なファンはほとんどがグループで来ているので、この距離の席を好むようだ。前の席では大声もはばかられるがこの辺りでは遠慮はいらない。その席に座っているアイルランド人に話を聞いてみると、この試合だけは必ず来るという。「競技が素晴らしいし、グループで一緒に来て数日滞在し、ついでにゴルフもプレイするんだ」とのこと。大きな声でフィル・テイラーを応援していた。日本の大会でもこんな応援スタイルを真似したい。マナーをもって熱く応援すれば競技もさらに燃えるものになり、会場が一体化するだろう。
試合前に練習をする部屋は、静寂に包まれた神聖な場所
ホテル内にある大きなパブコーナーの中には選手が試合前に練習する部屋がある。特別に入室を許可されたが、普段は関係者以外入室禁止。入室する際もジャケットとタイ着用が義務づけられている。試合前の静寂の中で集中したい選手たちの神聖な場所だ。
この日はローランド・ショルテン氏が試合前の調整をしていた。もの凄く空気は張りつめていたが、選手たちは会話などをしながらリラックスを心がけているようだった。ローランド氏は顔見知りになったので「How are you, Masuda」と声をかけてくれた。彼は現在、世界ランキング4位。そんな世界最高峰に立つプレイヤーも、他人に対しての心遣いは忘れない。撮影は遠慮した…。
選手によってまちまちだが、試合前の調整は休憩を入れながら約1時間から2時間ほど。思ったより短いと感じたが、それもその筈、この後の試合では全神経を集中させなければならない約2時間の本番が待っているのだから。
後でコリン・ロイド氏に試合前の練習について尋ねたが「僕はただ肩を暖める程度に考えている。練習の調子は本番と全く違ったものなんだ」と言っていた。その言葉がとても印象に残っている。
木曜日は前日に開催された2ラウンドの残りの4試合が行われた
6:00pm
Roland Scholten 3 Denis Ovens 1
7:30pm
Alan Warriner 3 Keith Deller 0
8:45pm
Phil Taylor 3 Dennis Priestley 0
10:00pm
Colin Lloyd 3 Mark Walsh 1
フィル・テイラーとデニス・プリストゥリーの試合が印象に残る。結果としては3対0であったが、相手はなんといってもフィル・テイラーなだけにデニスの健闘が光る。それゆえ、試合後は2人そろってテレビインタビュールームに招かれ、試合の様子を詳しく聞かれていた。
その後、両氏をプレスルーム招きダーツライフで取材させていただいたが、接戦だったゲームを熱く語ってくれた。フィルは「彼は実によくがんばったよ、油断したら負けていたかもしれない。」と、そしてデニスは「やはりフィルは強いね、もっと練習が必要だ。」お互いを認め合う二人は素晴らしい。
金曜日のからいよいよ準々決勝スタート 試合はますますヒートアップ
6:00pm
Peter Manley 4 Dennis Smith 2
7:45pm
John Part 4 Kevin Painter 1
9:15pm
Alan Warriner 1 Phil Taylor 4
10:45pm
Roland Scholten 4 Colin Lloyd 0
この日の試合での印象は、まず最初のピーター対デニスの試合だ。ゲームは大接戦、観客は溜息の連続、見ている側も本当に疲れた。観戦していてこれほど疲れるのだから、プレイしているプレイヤーはどれほどのものなのだろうか。試合後にデニスに会うと、全身から汗が吹き出ていたが、きっとこれほどのゲームをした後は、暫くダメージを引きずることだろう。世界で通用するダーツプロプレイヤーは体力が必要なのだと悟る。ダーツはスポーツなのだと再認識でき、試合ではダーツだけでなく、他の能力が求められる事を知る。2人とも体が大きいので、迫力満点のダーツを堪能出来た。
全日程の中で一番盛り上がったのはこの土曜日、準決勝の日だった。終了するまで決勝の日なのかと思っていたのだが、最終日観戦のためにホテルに滞在している観客や関係者が大勢いて、全員で飲めや歌えやの大騒ぎとなった。この日は私も主催スタッフやローランド氏と、なんと朝3時まで飲むこととなってしまったのだが、プレイヤーもスタッフも観客も、まさに全ての人が一体となる一夜だった。ダーツというのは実に楽しい。
7:00pm
John Part 6 Peter Manley 3
9:00pm
Phil Taylor 6 Roland Scholten 1
第1試合……
ジョン・パートは絶好調だった。ピーター・マンレーが180を出しても、全く動じない。いや、そうすると彼も180で返すのだ。最近ピーターのダーツは上り調子で、決勝まで進むとかなりの観客が予想していたようだが、やはりジョンは実力を証明したと言えるだろう。ピーターはかなり肉薄したが、連続して3ゲームを取られたのが致命的で敗れ去った。しかし彼の人柄のためか、舞台を降りる時は満場の拍手喝采で健闘が讃えられたのが、印象的だった。試合後、両者は会場の外でもみくちゃにされたが、笑顔で長時間サインに応じていた。疲れていてもファンサービスを忘れないプロの姿はどんなスポーツでも同じなのだ。
第2試合……
ローランドにとっては、きっと不本意な試合であったろう。調子自体はそれほど悪くはなかったようだがまさに、フィルに圧倒されてしまった。このパディー・パワー・ワールド・グランプリはPDCの試合では珍しくダブルスタートの競技。最初の1本目で確実にダブルを決められるかどうかが、結果として試合の明暗を分けたとも言える。この試合でのローランドは、ダブルスタートで1本目がはずれると2本目で力が入り、さらに3本目のプレッシャーがいかに強烈なのかがカメラのファインダーからも覗き見えた。練習ではけっしてはずさないであろうダーツをはずすと、これほどの世界的プロプレイヤーでも動揺するものなのだ。
ダーツというゲームは実に怖い面がある。一度リズムを崩してしまうと、同じ試合中に立て直すことはなかなか難しいのだ。途中から勝利を確信したフィルは守りのダーツに徹し、結果的に大差で勝負はついた。
土曜日の夜は半端じゃない……
毎日ゲームが終わってからスタッフや観客、選手たちもそれぞれに楽しんでいたが、準決勝の土曜日の夜は特に盛り上がった。どう表現したらいいのか、とにかく半端じゃない。老若男女まさに狂乱状態。踊って歌って、飲んで、みんな和気あいあい。こんなに楽しんでいいのかと戸惑うほどだ。唖然としてテーブルで静かに飲んでいると、次から次にいろんな人が話しかけてきてギネスをご馳走してくれるので、この夜はギネスを思う存分に味わった。上の写真は特別なテーブルではない。どのテーブルもグラスがこぼれ落ちそうだった。アイルランド人はお酒が相当強く、楽しむことが上手だ。人なつこくて親しみやすいので、私は大好きだ。
そして、いよいよ決勝
一試合のために観客は1,000人。
華やかなアイリッシュダンスでステージの幕は開いた。
日曜日、会場の奥にあった壁は取り除かれ、椅子やテーブルを増やし1,000人のファンのための観客席が整えられた。今まで以上にスタッフは大忙し、セキュリティーも通路のチェックに神経を尖らし、プレスルームもいつのまにか人数が増え活気がみなぎる。
さあ、いよいよだ。観客は5時過ぎからぞくぞく入場を始める。前のVIP席にはロングドレスの女性やタキシードの男性が陣取り、子供たちは応援するプラカードの準備を始め、席を離れたくない人たちはビールの買いだめをする。やがて7時、開幕だ。アイルランド音楽が流れ、アイリッシュダンスで幕は開く。勿論、大喝采だ。そして、彼らのテーマ曲と共にまずジョン・パート、続いてフィル・テイラーが入場。大きな嵐のような拍手が自然と巻き起こる。これが決勝だ。長い真剣勝負を勝ち抜いた末に、ついに2人はこの舞台に立ったのだ。すっかり両氏とも仲良くなったので、できれば両方に勝たせたい、複雑な心境だ。試合は13セット勝負なので、7セット取った方が勝ちの長期戦だ。精神的にも体力的にも、相当なタフさが要求されるのは疑いようもない。
まず先手を取ったのはフィルだった。連続2セット先取。そしてジョンが追いかける展開。途中でジョンがかなり肉薄した場面もあったが、フィルが4対1とリードした時点で試合の結末は見えたように思う。フィルは安定したダーツを展開し、余裕で逃げ切った。試合時間は約2時間ほど、結果はフィル・テイラー7セット、ジョン・パート2セットという思いがけない大差に終わった。
ダーツという競技は追いかける側からすると、特に精神的にハードなスポーツだ。先取している側は余裕ができるので気持ちも安定し、無理な場所を狙わなくてすむのでリズムも一定になる。だが先取されてしまうと、どうしても無理やり勝負に出なければならないので、よりハイリスクな確率の低いターゲットを狙わなくてはならない。どんなスポーツでも似通っている面はあると思うが、ダーツは特にそれが顕著かもしれない。
今回の決勝はランキング1位と2位の戦いだったわけだが、番狂わせはなく、ランキング通りの結果に終わった。
すべての試合は終わった。勝った者、敗れ去った者、それぞれの姿が未だ瞼に残る。この大会を追ってみて、ダーツというものがスポーツであるという意識があらためて強く残った。このダーツという競技は実は残酷なゲームではないかと思う。それは勝利者は1人しか存在しないからだ。それ以外のすべてのプレイヤーは必ず苦渋をなめなければならないし、また負けない限り緊張からは解放されない。世界トッププロたちはどうやって練習し、試合に臨み、心の平穏を保つのだろう。これからもダーツ・ライフはこの興味ある人々を追いかけていきたいと思う。
最後に、今年のチャンピオン、フィル・テイラーに心からのおめでとうを言って、この取材記事を締めくくることにしよう。