Vol.89  ダーツバレルデザイン
野村 佳史 2

2018年1月号

前号では野村氏のダーツ界との長い歴史を中心にインタビューを行ったが今回はバレルそのものに比重を置き、より掘り下げた。
どんなプレイヤーでもダーツを投げ始めたときにはこれだけ多くの商品があるだけに迷うはずだ。
バレルデザイナーだからこそできる助言。経験があるからこそ語れる言葉。ずばり本音を誌面にて公開!

前回はバレル製作を始められてから現在に至るまでの経緯を主にお聞きしましたが、今回はもう少し掘り下げて、より詳しくお聞きしたいと思います。まず、初めてバレルを作る時に、発想の基本形になるものとは何なのでしょうか?
DMCの場合は、例えばこの選手のバレルを作ろうとか新しいモデルを作ろうとすると、まず今まで出しているものをもう一回見直します。その上でラインナップとして薄いところはどこかを考えて、それまで作っていないタイプを作ろうとします。

バレルにはストレートやトルピードなどの様々な形がありますが、野村さんの中ではそういう形状のパターンはいくつくらいあるのでしょうか?
僕は今までそういうカテゴリー分けをしたことがないんです。ストレート以外のバレルで、何々のバレルを作ろうということは考えたことがないですね。

では、トルピードや逆トルピードというものは意味がないと思っていらっしゃるわけですか。
意味がないというか、そもそも昔はそうやってタイプを細かく分けたり名前を付けたりしていなかったですよね。

こういう名前の由来はどこからきているのでしょうか?
いやぁ、僕にはわかりません(笑)。僕はタイプの名前もカットの名前も、そういうことはどうでもいいので考えたことがありません。

逆に失笑してしまうような感じですね。
いえ、確かに名前を付けた方が売りやすいというのもあるだろうし、それはそれでいいと思います。

バレルを作る時はまず形から始まるのですか?
最初に決めるのは太さと長さです。だいたいどのくらいの長さにしようか、どのくらいの太さにしようかと、まずアウトラインから作っていきますね。

素材というのも大事なポイントの一つだと思うのですがいかがですか?
今はほとんどがタングステン90%ですね。

タングステンというのは硬くて削りにくい素材だと思いますが、そういうことについてもいろいろと吟味されるのでしょうか?
素材に関しては各メーカーそれぞれだと思いますが、ターゲットとDMCはほとんど90パーセントで作ります。

長さと太さが決まった時点で、次に考えるのは何でしょうか?例えば重心とか?
重心よりもグリップ感の方を重要視します。振るためのテーパーの角度などを考えますね。実は重心についてはあまり重要視していないんです。一般的に重心位置を変える時は穴の深さで変化させるんですが、だいたい8〜9ミリの深さが必要になってきます。
前重心にする場合は、前を最低限の長さにして、後でグラムを合わせていきます。そうでない場合は前後同じ深さで掘るかの2パターンです。

後者の場合は真ん中あたりに重心がくるということですね。
基本的にはそうです。以前DMCでまったく同じバレルで2パターン作ってもらったことがあるんです。一つは後をできるだけ浅くして前で重量合わせをした物で、もう一つは前を浅くして後で重量合わせをした物。要は可能な限り前重心にした物と可能な限り後重心にした2パターンですね。
同じチップとシャフトとフライトを付けると、見た目はまったく同じバレルなので当然見分けはつかないです。それを数十人のプレイヤーに投げてもらったんですけど、その違いがわかったプレイヤーは一人もいなかったですね。

よく初心者のプレイヤーは前重心の方が飛ばしやすいという話を聞きますが、実際に検証してみると必ずしもそうとは限らないということですね。
そう思います。その2パターンで重心位置を測ってみたんですが、可能な限り前重心にしたバレルと後重心にしたバレルの重心位置は2ミリ程度しか変わらないんですよ。その2ミリの重心位置の違いがわかるほどのエキスパートというのはそう何人もいるとは思えないんです。
トッププロ中のトッププロが投げれば違いが出てくるのかもしれませんが、本当に重心位置を変えたいのであれば、シャフトの長さを変えるなどした方がはるかに影響があると思うんです。ですからバレルを選ぶ際は重心位置うんぬんではなくて、自分のグリップに合っているかどうか、リリースがしやすいかどうかということの方がよっぽど重要だと思います。

今はシャフトやフライトも種類が多くて、選び方によっても飛びが変わってくると思います。それによって、バレルの機能も変わってくるということですよね。
そうですね。フライトの形や大きさというのはかなり影響があると思います。

自分で検証して選ぶのも大事ですが、グッズに精通しているダーツショップのスタッフなどにアドバイスを受けるのも重要なことですね。
シャフトやフライトというのは本当にたくさんあるので、実際に試してみないとわからないと思います。いくつも試して、自分にあったセッティングというのを見つけることが大事ですね。それを探す作業というのが一番重要だと思います。

自分だけのセッティングということですね。
プロのバレルとセッティングをそのまま真似している人もいますが、まずそれが自分に合っているのかどうかを見極めなくてはならないですよね。
例えば村松選手のバレルに同じ長さのシャフトとフライトを付けるというのは、村松選手の投げ方に合っているということなので、それをそのまま真似してもどうかと思います。

ではカットについてはいかがでしょうか?
バレルデザインをする人によって、それぞれ好みのカットがあると思います。僕の場合はカットに関して今まで「これは○○カット」だとか、名前を付けたことは一度もないです。シャークカットは昔からシャークカットと言われていたので僕も使いますが、それ以外のカットについては特に意識したことがないです。シャークカットとリングカットくらいじゃないでしょうか。

サイドにブツブツが入ってるものも出たりしていますね。
ターゲットが最初に作ったピクセルカットなどは、とてもグリップ感が良くていいカットだなと思います。今ターゲットのバレルデザインも手がけていますが、このピクセルカットは使わせてもらっています。ああいう新しい組み合わせ方というのは、ここ数年で出てきたものですごく面白くていいと思いますね。

初めて見た時は斬新な印象で、これだと磨り減りにくいだろうと思いましたがいかがでしょうか?
DMCでコブラマーク2を作った時に縦溝と横溝を交差させたんですが、これは進行方向のひっかかりだけを意識しない様にしたからです。
バレルをリリースする時には親指や人差し指がいろいろな角度から離れて行くので、むしろ垂直に抜けていくことの方が多いんです。そういう時に縦横の交差やピクセルカットのものというのはすごく効率的だと思います。同時にバレルの摩耗が進んでも、グリップが落ちにくいという効果もありますね。

野村さんが考えるダーツの理想的な飛び方というのはどのようなものでしょうか?
それは難しいですね。同じバレルを投げたとしても、リリースの仕方によっても矢の挙動が変わってくるので、人によって飛び方というのは違うと思います。
例えばスティールでも、まず前が上がってからボードの近くで先端が落ちてくるという投げ方がいいという人もいれば、できるだけ矢が暴れないでそのまま飛んで行くのが好きだという人もいるでしょう。
PDCのプロの投げ方を見ても、みんなが同じ飛ばし方をしているわけではなくて、プロそれぞれに特徴のある投げ方をしていますよね。
このように、それぞれその人の好みに合った投げ方を突き詰めて行けばいいと思います。最近は矢を回転させることにこだわるプレイヤーが多いですが、僕は回転にこだわりすぎるのもいかがなものかと思ってますね(笑)。
回転させるのがその人の投げ方に合う場合もあれば、回転ばかりにこだわって投げ方がおろそかになるという、本末転倒のプレイヤーも見かけます。無理に回転させる必要は全然ないと思いますよ。

自分にあった飛び方を追求するということですね。
そういうことです。この前もPDCで活躍していましたが、ポール・リムの投げ方というのは決してきれいな飛びではないですよね。でもポールはそれで何十年も投げ続けていて、それを完全に自分のものにしています。グリップにも大きな変化はないし、彼にとってはまったく何の問題もないんですよ。だからといって初心者がポール・リムモデルを使って、ポールと同じ投げ方をしても絶対に同じ様には飛ばないわけです。
ダーツというのが本当に難しいと思うのは、何か道具を使うのではなくて、生の手だけを使って投げるということです。同じ矢を飛ばす競技のアーチェリーと違って弓は使わないし、射撃のように銃も使わないです。
自分の生の手だけなので、10人の選手が同じダーツを持ったとしたら10通りの投げ方が生まれるというのが難しいところなんです。それぞれ指の長さも違えば腕の筋肉の付き方も違うし、手の湿度も違いますよね。もともと持っているものが違う人達が同じバレルを使って投げても、同じ飛び方をするはずがないんですよ。
以前にもお話したことがあったかもしれませんが、僕が一番苦手なのはバレルの能書きを書くということなんです。「このバレルはこういう風に飛ぶバレルです」なんて、そんなこと思ったことがないですから。
この人が投げたらこう飛ぶし、違う人が投げたら違うように飛ぶんです。だから「これはこうやって飛ぶバレルです」なんて言ってもまったく意味がないと思いますね。「これはよく入るバレルです」と言ってるのと同じですよね(笑)。

なるほど(笑)。では次に、バレルとグリップや振り方の相性というのはあるのでしょうか?
もちろんあると思いますよ。一番大事で難しいのは、自分にあったバレルを見つけられるかどうかですから。極端なことを言えば、太くて大きくて軽いバレルが手にピタッと合っているのであれば、ブラスダーツを投げた方がいいと思うんです。
以前スコット・カーシュナーがDMCにいた時に使ってたバレルが、8グラムくらいしかないステンレスだったんです。でも彼にとってはそれが合ってるんですよ。ベンジャミン・ダーシュもブラスのモデルを投げてましたね。
その時、ブラスは見た目が明らかにブラスなので、せめて安っぽく見えない様にステンレスで作ってみたんです。同じ重さで作ったので「これでどうだ」と投げてもらったんですが、やっぱりブラスの方が手触りがいいと、もう一度ブラスで作り直してくれと言われましたね。

やっぱり自分で長く投げているものが一番合っているということですよね。
生の手で投げる競技なので、ブラスとステンレスの手触りの違いだけでもプレイヤーにとっては違和感があるのだろうと思います。人間の手というのは馬鹿に出来なくて、本当に細かい感覚を持ってるんです。微妙な太さや細かいカットの違いでもはっきりわかるくらい繊細なんですよね。

ダーツを放す瞬間についてもプレイヤーによっていろいろな意見がありますが、最近ではなるべく早く放したいというプレイヤーが多いように感じます。ダーツを放す瞬間とバレルの関係についてはいかがでしょうか?
僕も33年くらいダーツを投げてますが、今だにそれをつかめずにいますね。
一度つかんだ感覚がどこかに行ってしまうことも多いです。年月が経つとどうしても筋肉の付き方や手や指の感覚も変わってくるので、グリップや投げ方も微妙に変わらなくてはならないと思うんです。そういう変化に合わせてバレルも変わっていくので、それを常に探していかなければならないですよね。
まったく同じ投げ方を10年続けられる選手はいないと思うんです。トッププロ達を見ていても、一年の間で微妙に変わる選手も多いです。それは当然のことなのでそういう変化を見逃さずに、グリップや投げ方をアジャストできる選手こそが本当に強いプレイヤーだと思います。

バレルは今後どのように変化していくのでしょうか?
バレルにはエンジンがついているわけでもないし、大きさにも限度があるので、車が進化していくような未来は描けないでしょう。でもその中で、加工技術というのは進化し続けていくと思うんです。これからはそういう新しい加工技術を使った新しいバレルというのが誕生してくるかもしれないですね。
例えばバレルにエアインテークを付けたらどうかと考えたこともあるんですが、これはあんまり意味がない(笑)。カッコいい形になるかもしれませんが、そのエアインテークが前に刺さってるフライトに引っかかったらどうにもならないですよね。形の奇抜さというのには限界があるかもしれないですが、加工技術の進化は期待できると思います。

現在新しく取り組まれている物はありますか?
はい。ターゲットでもDMCでもありますし、ストラトにも新しい選手が入ったのでそちらも考えていこうと思っています。案件はいくつかあるので、これからアイデアを絞り出さなくてはならないところです。ぜひ楽しみにしていて下さい。