Vol.97 オランダ ダーツ旅
PDC PREMIER LEAGUE
DOLLiS 灰田 裕一郎 2

2019年5月号

大合唱がアリーナを包む
PDCプレミアリーグは第9戦までは10名の選手による5試合が毎週行われる。試合の順番はリーグ順位や選手などの人気も踏まえて決定される。この日の注目カードは地元オランダのふたり。第4試合のMVGことマイケル・ヴァン ガーウェンと第5試合のバーニーことレイモンド・ヴァン バーナベルト。バーニーは年初に2019年いっぱいでの引退を発表しており、この日と翌日の試合が地元オランダでの最後の試合となる。
自国の英雄が投げる最後の試合ということで、アリーナ全体がバーニーアーミー(バーニー軍隊)と呼ばれるオレンジ色の応援団たちによる興奮と熱気で包まれている。

それを会場全体が見渡せる席でビール片手に観戦させてもらった。この席からでは選手が投げるところはまったく見えない。ステージ両脇に設置された大型スクリーンに映し出される選手の映像を見るのがやっとだ。それでもこのAHOYアリーナを感じるにはこれ以上ない場所だった。そこらじゅうで好き勝手に観客たちは歌っている。それが次第に広がっていき、会場全体で大合唱となる。
♪STAND UP ! IF YOUR LOVE THE DARTS !

どこの国のどこの会場でもPDCのイベントでは必ず歌われるこの歌。ダーツが好きなら立ち上がれ!そう歌いながら、みんなは席を立ちスタンディングオベーションが起こる。PDCの観戦は着席が義務付けられているが、合唱が始まった時だけ、席を立つことが許されている。観客が一体となって歌いアリーナ全体に響き渡る。観客に一体感が生まれ、場内のテンションがさらにヒートアップするのが実感できた。
これがPDC、これがプレミアリーグなんだ。テレビ画面でしか見たことがなかったものを、実際に肌で体感していた。それは想像していた以上に素晴らしいものだった。

試合開始
プレミアリーグの試合フォーマットはベストオブ12レグで行なわれる。どちらかが7レグを先にとるか、もしくは6|6の引き分けになる。この引き分けがプレミアリーグを面白くしているところでもある。勝つと2ポイント、引き分け1ポイント、負けは0ポイントとなっている。
世界トップの選手たちは1レグを約2~3分でフィニッシュする。レベルも高くテンポも良いので見ていて飽きることはない。早い試合だと選手入場からゲーム終了まで30分ほどで終わってしまう。試合が1つ終わると10分間の休憩が入る。その後テレビ中継向けの勝利選手インタビューと、実況陣による解説がステージ上で行われる。そしてまた10分間の休憩が入ったあと次の試合が始まる。試合と試合のあいだの30分で観客たちはトイレに行ったりドリンクを買いに行く。

第4試合 MVG vs ピーター・ライト
夜8時に始まったイベントはテンポよく進行して、メインイベントへと入っていった。いよいよ世界チャンピオンにして世界ランキングナンバーワン、地元オランダのMVGことマイケル・ヴァン ガーウェンの登場となった。

まずは対戦相手のピーター・ライトが入場。ピーターはやはりオランダでも人気で、ウォークオン(選手入場)も大いに盛り上がりを見せる。そしてその後会場全体が緑色の照明に照らされMVGのウォークオン。会場全体がMVGコールで彼を迎え入れる。3度目の世界チャンピオンとしてオランダに凱旋したMVGは落ち着いた表情で観客の声援に応えていた。
試合開始早々MVGが飛ばしまくる。PDCのダーツボードにはマイクが装着されていてボードに矢が刺さった音は会場全体に響くようになっている。テンポ良いダーツの音とコーラーの180コール、それに歓喜する観客たちという絵が幾度となく目の前で繰り返されていく。ここ1年不調が続いているピーター・ライトはこの日も元気がなく、MVGのダーツについていけず、試合は7ー1とMVGの圧勝であった。

オランダの英雄 レイモンド・ヴァン バーナベルト
プレミアリーグ第8戦、最後を飾るのは5度の世界チャンピオンにしてオランダの英雄、バーニーことレイモンド・ヴァン バーナベルトだ。今年いっぱいでの引退を発表していて、この2連戦が地元での最後の試合となる。バーニーは今日の試合に勝てないと9戦目で脱落となり、10戦目以降の試合には出場できない。ここまで1勝しかできていないだけに地元での奮起が期待される。言うまでもなく会場は興奮の坩堝。バーニーコールがアリーナ全体に反響している。
いよいよ選手入場となり、バーニーの紹介ビデオがスクリーンに映し出される。会場はオレンジ色の照明に照らされサイレンが鳴り響く。バーニー入場の合図だ。

MCのジョン・マクドナルドがバーニーの呼び出しをしたが、スピーカーから出ているはずの声はバーニーアーミーたちの歓声にかき消されていた。スクリーンに映ったバーニーは笑顔だった。ウォークオンの通路脇にはたくさんのファンで埋め尽くされ、その中をバーニーが抜けていく。ファミリーや仲間たちとハグをしてステージに上がる。
手を振りいつもの敬礼ポーズを決めファンの声援にこたえるバーニー。3階席最後尾からその姿を見ていて思わず胸が熱くなった。AHOYアリーナが揺れているんじゃないかと思うほどの歓声と興奮がステージのバーニーを包んでいた。これが見たかったんだ。これだけのためにオランダまで来たと言っても過言ではない、そういう素晴らしいシーンだった。

バーニーの入場が終わり、バツが悪そうにダリル・ガーニーが入場。このオランダでバーニーと当たる選手は本当に気の毒だ(笑)。大ブーイングの中での入場になるのかと思いきや、ガーニーのウォークオンソングである『スウィートキャロライン』が場内に流れると、これをバーニーアーミーたちが大合唱。たしかにガーニーの曲はどこの会場でも歌うけど、やっぱりバーニーが対戦相手でも、これだけは歌ってあげるんだと笑ってしまった。その後ステージに上がったガーニーはバーニーと肩を組んで一緒に歌う。

3月28日 木曜日
オランダ・ロッテルダム 滞在3日目
よく眠れた。早起きして早朝の街を散策しようと予定していたのだが、プレミア初観戦でかなり疲れていたようで、昨晩は着替えもせずに眠りについてしまった。時計を見るともう9時だった。テレビの電源を入れると昨晩のプレミアリーグの話題をちょうどニュースでやっていた。
今晩の第9戦のMVGとの試合がバーニーがオランダで投げる最後の試合になるという内容のようだった。チャンネルを変えてみたら他の番組でもバーニーの顔が画面に映し出されていた。すごいな!オランダ、朝の番組でバーニー特集だ(笑)。食堂で朝食を食べていても、ラジオからバーニャベルトやらヴァンガーウェンという名前が聞こえてきた。
今夜のバーニーのプレミア引退試合はオランダ中が注目していることが理解できた。朝食を済ませたところでダーツオタクことユースケ氏から電話が入った。「いまからロッテルダムに向かいます」彼のおかげでオランダの旅が数倍楽しいものになっているのは間違いない。この日はロッテルダムでダーツを投げることになった。

ロッテルダムのスポーツバー オランダのダーツ事情
ユースケ氏と合流したところでダーツの店探索。ちょっと離れているがダーツが5面あるプールカフェを見つけてくれた。調べたところによるとロッテルダム市内には、ダーツが投げられるところが結構多くあった。もちろんダーツといってもすべてスティールダーツだ。オランダではソフトダーツを目にすることは一度もなかった。
イギリスに行ったときはロンドンでも投げられる店はヴィクトリアの「ライリーズ」という店だけだったが、オランダは投げられる店が結構あることに驚いた。ダーツ環境はイギリスより断然オランダの方がいいと言って良いだろう。ダーツショップもロンドンよりアムステルダムの方が多いし、中心地にありアクセスがいい。
早速トラム(路面電車)に乗って目的の店に向かった。二人とも昨晩のプレミアリーグに影響されてか、ダーツが投げたくなっていて自然と足取りが早くなっていた。30分ぐらい歩いて目的の店に着いた。少し中心地から離れていたせいもあるが、オランダらしい風車なども見える雰囲気のある地区だ。

入った店は倉庫を改造したようなとても大きなプールカフェだった。縦長の店内にはバーカウンターが伸びていて、ビリヤードが9台もゆったりと配置され、店の奥にダーツボードが5面並んでいた。ボードはWINMAU BLADE5が使用されていて、各ボードの脇にはチョーカーボードも設置されていた。これ以上ない環境が整っていた。
店内は平日の午後だというのに若者から中年層と幅広い人達で、結構賑わっていた。そして驚いたことに、ダーツエリアは満員御礼で投げられない状態だった。最初はリーグでもやっているのかと思ったのだが、よくよく見るとどのお客もあまり上手ではない。貸しダーツでプレイしている、一般客で埋まっているようだ。とはいえ三人一組になりふたりが対戦、もうひとりはチョーカーをやっている。驚いたことにオランダでは素人でもチョーカーができるらしい。日本でビリヤードやボウリングを誰もがやるように、オランダではスティールダーツが庶民の娯楽になっているようだ。

彼らも昨晩のプレミアリーグをテレビでみてダーツを投げたくなったのであろう。とりあえずカウンターでビールを飲みながら、ダーツが空くのを待ってみたが、どのダーツボードもやめる雰囲気ではなかった。そこで「ダーツできないし、せっかくだからビリヤードやりましょうか」と誘い水をかけてみた。
実は筆者はダーツよりビリヤードの方が歴が長い。それを知っていたのかユースケ氏は、やる気満々で筆者に挑んできた。まさかオランダでビリヤードをすると思わなかったが、これもいい機会だと思いプレイに興じた。
オーナーの奥様がビリヤードのプロらしいというユースケ氏の話だったが、テーブルはブランスウィック4で玉はスーパーアラミス、貸しキューのタップもよく手入れされていた。
専門的な言葉ばかりだが、要はビリヤードもダーツと同様にちゃんとしていた、ということを伝えたかった。最初に9ボールをしたがまったく勝負にならないと感じたのか、ユースケ氏は「8ボールなら得意なんで負けない」と種目を変えてきたが結果は同じだった。ダーツは下手くそだが、ビリヤードはそこそこ自信がある。さて自慢話はこの辺にしておこう。
今回の旅でオランダのダーツ環境が良いことはよく分かった。そしてダーツそのものが一般的な娯楽として浸透しているということも実感することができた。訪れた店はロッテルダム郊外の「Poolcafe Delfshaven」というプールカフェ。検索すれば出てくるので興味があればチェックしてみてほしい。

プレミアリーグ 第9戦 in ロッテルダムAHOY(ジャッジメントナイト)
プールカフェを出た後はロッテルダム市街地で食事を済ませ、地下鉄の駅からAHOYアリーナに向かった。地下鉄に乗るとすでにオレンジ色に仮装した人たちがたくさん乗車していた。これまでテレビ中継で仮装した観客を見るたびに疑問に思っていた。この人たちはまさか家からこの格好で会場まで来てるわけじゃないよな?そのまさかだった。彼らは家から仮装したままの格好で会場まで来ていた(笑)。日本のハロウィーンも今ではそんな感じになっているようだが、自分はまだ理性の方が勝ってしまい会場で着る予定のコスチュームは、まだリュックの中に入ったまま地下鉄に乗っていた。

AHOYアリーナの駅に到着。よく分かっていなかったがオレンジの仮装をした人たちが、みんな一斉に降りたので一緒に降りた。駅を出ると昨晩と同様に「AHOY」の黄色く光る文字が目に入った。その瞬間、隣にいたユースケ氏の興奮スイッチがオンになったのが分かった。
AHOYに来れば分かる。誰でもスイッチが入る雰囲気がAHOYにはあるのだ。早速、ジャパニーズ応援スタイルに着替え、荷物を預けに行く。

この日、筆者はアリーナ席だっため観戦エリアが違うユースケ氏とは入口で一旦お別れとなった。急に一人になり不安になったが、それ以上にステージ下で観戦できることの興奮が大きかった。会場正面のアリーナ入口から中に入った。昨日とは違い正面入口から入ったところには売店が多く並んでいた。グッズを売っている売店もあったが、期待するアイテムは全然なくユニフォームやTシャツのアパレル商品を売っているだけだった。せっかくなのでTシャツを購入し、ドリンクブースへ向かう。

筆者はチョンマゲのカツラをかぶりオレンジ色の半被というコスチュームだったのだが、ドリンクブースに並んでいたら一緒に写真を撮ってくれと頼まれたので、三組ぐらいと写真を撮った。最後の一人におごってもらったビールを片手にアリーナに入ってみると、当然ながら昨晩の3階席とはまるで違う雰囲気であった。観戦席はステージからすぐ下のブロックだった。スクリーンも大きく、選手が投げるダーツも良く見える位置だ。

最高の席じゃないか!思わずダーツの神に感謝した。周りの席もダーツ好きが集まっている感じであった。楽しく観戦できそうだ。昨晩、会場の最上段最後方から見たAHOYアリーナ全体の雰囲気にも圧倒されたが、アリーナ席から見る2階席、3階席も同様にすごい迫力であった。
11、000枚のチケットが完売したらしい。1万人以上が1枚のダーツボードに注目し、1万人の視線を背に選手はダーツを投げる。信じられないことがここでは起きている。
試合開始10分前にはすでに9割近い席が埋まっていた。アリーナを囲むように配置されている上の階の客席からバーニーコールや応援歌がひっきりなしに聞こえてくる。PDCイベントでは試合が始まるまでは自分の席以外の場所にいても問題ないので、選手入場の通路脇に移動して第1試合の選手入場を待つことにした。