Vol.91 SUPER DARTS 2018
フィル・テイラーに焦点を絞って
DOLLiS 灰田 裕一郎

2018年5月

フィル・テイラーに焦点を絞って
16度のダーツ世界チャンピオンに輝き20年以上にわたって世界のトップに君臨してきたザ・パワーことフィル・テイラー。今年のはじめにPDCワールドチャンピオンシップ決勝でロブ・クロスと対戦した試合を最後に現役を引退した。

その後の動向が注目されていたがそれから2週間後に、ソフトダーツ界の超ビッグトーナメント「SUPER DARTS 2018」の招待選手として出場することが発表されダーツ界に衝撃が走った。スティールダーツ界に留まらずソフトダーツ界でも知らぬ人はいない偉大なレジェンド。そのレジェンドがソフトダーツのビッグトーナメントに出場するというニュースはまたたく間に広がり今年のSUPER DARTSの注目度を一気に上昇させた。
そしてそれを痛感したのはチケット販売日だ。オンライン販売サイトで販売が開始されるやいなやS席のチケットは2分で完売した。フィル・テイラー出場がいかに注目を集めているのかを思い知らされた。
史上最強のスティールダーツレジェンドがソフトダーツで通用するのか?はたまたダーツ界の神様とまで言われるフィル・テイラーをソフトダーツで倒すのは誰なのか?開催前からダーツプレイヤーたちの話題にこと欠かないイベントとなった。
そんなダーツレジェンドのソフトダーツ挑戦をスティールダーツ目線で追った2日間をフィル・テイラー限定の内容でレポートする。

「SUPER DARTS 2018」は3月15日~16日と東京・赤坂にあるマイナビBLITZ赤坂で開催された。平日にもかかわらず連夜会場は超満員、会場近くで開催された公式パブリックビューイングも大盛況であった。試合の模様はYouTubeでストリーム生中継され、フィル・テイラーのソフトダーツ挑戦を見ようと国内だけでなくヨーロッパでも多くの人が視聴した。

筆者はチケットをオンライン販売で買いそびれていたため(販売開始10分前からPC2台体制でスタンバイしていたのにもかかわらず購入できず)今年は2日間ともYouTubeでの観戦を予定していたがこの記事の寄稿要請をいただき、取材という形で生で観戦するチャンスを与えていただいた。
本誌からは2日間とも会場で取材できるよう手配していただいたのだが、本職のダーツカフェの営業があるため初日はストリーム中継、2日目の決勝日は会場で生観戦という取材方法にさせていただいた。会場で生観戦することも大切だが、スローなどの技術的な部分は中継の方がいろいろな角度で見ることができる。1日目と2日目それぞれ別の視点でフィル・テイラーを見ることができたのは今になって考えると正解だったかもしれない。

しかし不安があったのも事実だ。それは初日の1回戦でフィル・テイラーが負けてしまった場合のことだ。
筆者はあまりソフトダーツの海外選手を知らないが、聞いたところによると1回戦の相手であるアレックス・レイズはアメリカでいまや飛ぶ鳥も落とす勢いの選手だというではないか。初日にフィル・テイラーが負けてしまい生のフィル・テイラーを見ることができないという可能性がとても高いということを知らされ不安になった。

さすがに今大会の目玉であるフィル・テイラーの記事を書くとなった以上、やはり生でフィル・テイラーを見ないまま記事は書けない、いや書きたくない。ストリーム中継を見ただけではフィルの気迫やオーラはわからないではないか。なによりも今回を逃したら次にフィル・テイラーを見られるのはいつになるのか分からない。これが最後のチャンスかもしれないのである。そんなわけでアレックス・レイズには申し訳ないが初日は全力でフィル・テイラーを応援させてもらった。

1回戦 アレックス・レイズ
SUPER DARTS2018大会初日、フィル・テイラー対アレックス・レイズのカードはその日最後の第8試合目として行われた。初日のメインイベントである最終ゲーム。会場はいよいよフィル・テイラー登場という期待感に包まれていた。フィル・テイラーがステージに現れると他の選手とはひと味もふた味も違う空気感が会場を包む。

これが世界の頂点に長年君臨していた者だけが持つオーラというものなのだろう。筆者は店のテレビで生中継を見ていた。それまで店内でダーツを投げていたお客さんたちもみんな手を止めてテレビの前に集まってきた。ワクワクが止まらなかった。

試合が始まった。フィル・テイラーのSUPER DARTSデビューは神を感じさせる鮮烈なものであった。ファーストスローでまさかのスリーインザブラックを出したのだ。ダーツの的の一番小さな円に3本入れたのである。会場で見ていた人も、中継を見ていた人も、これには興奮したことであろう。これこそが世界最強のダーツレジェンド フィル・テイラーなのだ。今回フィル・テイラーの記事を書くつもりで観戦していたが、正直なところこのファーストスローを見て何も書く気がなくなった(笑)。

説明不要なのである。オーディエンスの前に現れていきなりど真ん中に三発打ち込んだ。これが全てなのである、何もいうことがなくなってしまった。おかげでその後の試合内容をあまり覚えていない。アレックス・レイズも素晴らしいダーツをしたがフィル・テイラーがそれを上回って勝ったという記憶だけが残った。普段プレイしないクリケットの攻め方など心配していたのだが、そんな心配はフィル・テイラーには無用であった。

この初日のフィル・テイラーのクリケットデータをみるとエリアシュート率が100%であった。狙ったナンバーのエリアは外さなかったという結果だ(最後にブルを狙って1本だけ17シングルキャッチしたので、正確には100%ではなかった)。
フィル・テイラーが初戦を勝ち上がり翌日のベスト8へ駒を進めたことにとりあえずホッと胸を撫で下ろした。いよいよ明日は会場で生のフィル・テイラー観戦だ。

大会2日目 ベスト8~決勝戦
会場に行って直接フィル・テイラーを見た。そのオーラたるもの目ではなく肌で感じさせられるレベルであった。フィル・テイラーの安定感は2日目も群を抜いていた。準々決勝でハリス・リム、準決勝で荏隈秀一を倒し、世界最強ダーツプレイヤーの肩書きを提げて参戦したその目的を果たすべく決勝へ駒を進めた。
決勝戦の相手は村松治樹。世界最高峰のダーツ団体PDC、その舞台でフィル・テイラーと対戦した経験を持つ数少ないプレイヤーのひとりだ。スティールダーツではフィル・テイラーに勝つことは難しいが今回の舞台は村松治樹の主戦場であるソフトダーツである。ここは一矢報いたいところだ。

SUPER DARTS 2018 決勝戦 フィル・テイラーvs村松治樹
フィル・テイラー、村松治樹どちらの選手もスローイング技術やゲームコントロールなど、ここまで勝ちあがってきただけあって、安定感は抜群で決勝戦でもその力を発揮し、両者素晴らしい内容の試合を見せてくれた。
安定感ということでいえば特筆すべきことがある。今回使用されたマシン「DARTSLIVE3」には選手が投げた矢の速度を計測する機能が搭載されていた。とても面白い機能だと思い各選手たちの矢速を見ていたが、どの選手も矢速はおおよそ20~22km/hだった。しかしフィル・テイラーだけはえらく矢速が遅かった。17km/hしか出てないのである。他の選手たちと比べ3~5km/hも遅い。しかしスローを見ていても腕の振りは他の選手と変わりない。

きっとそこに何か技術的な秘密があるように筆者は感じた。そして驚くべきことはその矢速がほぼ変わらないというところである。501でもクリケットでもどんな状況でも矢速が常に17・2km/hから±0・2km/hしか変化しないのである。フィル・テイラーのスローイング、スピード、パワー、リリースが全くと言っていいほど狂わないということを数字が証明していた。

決勝はフルレッグまでもつれた。最終レッグのコークを村松治樹がとりフィル・テイラーはクリケットをチョイス。先攻のクリケットでプレッシャーのかかるなか村松治樹が完璧なダーツを見せて優勝した。素晴らしい試合であった。

その後の表彰式でもフィル・テイラーは上機嫌であった。やるべきことをやり、観客を魅了した。優勝こそのがしたものの、フィル・テイラーはやっぱり偉大なダーツプレイヤーであることを証明した。ソフトダーツに対応できる能力。

ソフトダーツマシンの派手に光る盤面や演出、サウンドにもフィル・テイラーは見事に対応できていた。いくら自宅にソフトダーツマシンを所有しているとはいえ、試合のマシンは新型DARTSLIVE3だ。

年齢的に視力に関わることの影響は大きい。にもかかわらず持っている力をソフトダーツに適応させ、これだけの選手がいるなかで準優勝を果たしたフィル・テイラーという選手の技術・メンタルタフネス・ゲームコントロールといったトータルでの能力の高さは素晴らしいものであった。 このソフトダーツとスティールダーツという2つのダーツ競技の違いに関しフィル・テイラーはどう考えているのか。その疑問を表彰式後に直接フィル・テイラー本人に聞くことができたので最後にご紹介しておこう。
スティールダーツとソフトティップダーツの技術的な違いは何か?という質問に対するフィル・テイラーの答えはこうだった。「全くもって違う競技だ。ソフトダーツとスティールダーツはサッカーと野球の違いと同じくらいと言っていいほど全く異なった競技だ。」フィル・テイラーがそこまで競技性が違うという認識だったとは思わなかったので少々驚いた。

インタビューを終えたフィル・テイラーはすぐに帰り支度を始めていたが、せっかくの機会だったので一緒に写真を撮ってもらえないかとお願いした。彼は疲れていたにもかかわらず快く応じてくれ上着をすぐに脱いで笑顔で一緒に写真を撮ってくれた。その一枚は一生の宝ものとして筆者の部屋に飾ってある。
帰り際、村松治樹と顔を合わせたフィル・テイラーは優勝を讃えたあと今大会で使用した特注バレルを彼にプレゼントし会場を去っていった。そのバレルを手にした村松治樹の笑顔は優勝トロフィーをもらったときより嬉しそうな顔であった。次はいつフィル・テイラーに会えるだろうか、楽しみにしていよう。