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No.3 ゴールをイメージして試合に勝つ ~モチベーションのコントロール~

2012年7月

(2)具体的なメンタルトレーニング

誰もがダーツをプレイするのが楽しいから、ダーツを始めたはずだ。それなのに、スランプや成績の伸び悩みなど様々な原因があって、いつしかダーツをプレイすることを昔ほど楽しめなくなっている自分に気付くかもしれない。この連載を読んでくれている読者の方々の中にも、迷いや停滞感を感じているプレイヤーは多いことだろう。

この連載ではこれまでの2回に分けて、「自分と向き合う」ことによって心理面からダーツの飛躍を目指す方法を探してきた。自己分析も、集中/リラックスの最高のブレンドによって自分のピークパフォーマンスを引き出すことも、全て「自分」と向き合うという内向きのアプローチと言える。もちろんこれらのものは、ダーツを一段階上のレベルに押し上げるためには必要不可欠な作業だ。しかし、いくら「自分」を知り最高のパフォーマンスが引き出せたとしても、それが常に内向きのままで自己完結してしまえば、そこから先へは進めないものだ。そこで必要になってくるのが外へ向かう志向を助けてくれる「モチベーション」ということになる。これが無ければ、優れた技術や自分を律する強い心もただの自己満足で、宝の持ち腐れに終わってしまうのだ。
最近ダーツが低迷気味で、いまひとつ身が入らないと感じているプレイヤーにとって最も必要なもの、それは、「モチベーション」をコントロールできる心の力に他ならない。考えて見て欲しい。どんなに素晴らしい素質を持ったプレイヤーも、どんなに凄い技を持っているプレイヤーも、「モチベーションを」を高く持続してコンスタントに努力してくるプレイヤーにはかなわないのが現実なのだ。前回までの内側からのアプローチに対して、今回からご紹介するのは、「対戦相手」・「試合」・「結果」などという外的な要素を意識した上で、心理的作戦を練る手法や行程だ。その中でも今回は、いかに「モチベーション」をコントロールして、設定したゴールを着実に自分のものにするか、というところに注目して話を進めよう。
いわゆる天才と呼ばれるスポーツプレイヤー達がいる。外から見ると彼らは難なく凄いプレイをやってのけ、当然のように易々と勝利を手にしているように見える。例えば、イチロー選手がメジャーリーグという熾烈な大舞台で戦いながら、自信たっぷりに活躍しているのを見ると、「あれは特別な人だから」と考えてしまう。ダーツの世界にもスーパースターがいる。言わずと知れたフィル・テイラーだ。観客やファンは、テイラーが優勝するのは当たり前という感覚を持っているし、逆に早期敗退がニュースになるほど、彼がいつでも凄いプレイをすることを信じきっている。だが、本当に彼らは「天才」なのだろうか?確かに彼らのプレイそのものは、時に神業と言える領域に達している。だがその神業も、実は一朝一夕で成し遂げられたものでは無く、血のにじむような努力に裏打ちされて出来るものだということに、多くの人は気付いていない。では彼らのような「天才」と、他の普通のプレイヤーの間にある違いとは何か?その違いの中の最も大きな秘密が、「モチベーション」(動機付け)だと言えよう。
そもそも人間の行動は全て、動機付けによってコントロールされている。ある人がその行動を起こすのには、何かわけがあるのだ。単純に身体の動機付けを考えれば、例えば水分を補給するのは、身体が必要としたからということになる。だが、人間のように進化が進んで脳が発達した生き物は、一見簡単に見える「動機」と「行動」の関連性にも、複雑な心理的要素が絡んでくる。純粋にのどが渇いたから水を飲むというだけでなく、リラックスしたい時にコーヒーを飲みたくなったり、必要以上に水を飲んでしまう「中毒」のような症状もある。ダーツで考えてみると、ダーツをプレイするという行動の「モチベーション」もたった一つではないし、様々な要素が複雑に絡み合って成り立っている。そして、この「モチベーション」の違いこそが、活躍できるプレイヤーと今ひとつなプレイヤーを隔てる大きな壁になっているようなのだ。つまり、天才と呼ばれプレイヤー達の多くは、あきらめることなく「モチベーション」を常に高く持ち、設定した目標に向かって効率的な努力が出来る人間の、最たる姿だということになる。
「モチベーション」とは単なる「やる気」とはすこし違う。ある目的を達成するまでの道のりを進んでいくために、われわれが必要とする車のようなものと考えるといいだろう。それは流動的であり、外的・内的要因からくる力が複雑に絡み合って出来ている。「モチベーション」は誰でもいつも一定ではないし、強いときも弱いときもある。また個人差もあるが、まったく持っていない人もいない。つまりここで知って欲しいのは、「モチベーション」は自分でコントロールするものだということだ。努力も才能のうちと言うが、「モチベーション」を上げる方法を知っていれば、努力やがんばりも自分で増やすことができる。

では、具体的にどうすれば「モチベーション」をコントロールできるのだろうか?それを考えるためには、まずモチベーションを刺激するものとは何かを知ることが必要になる。「モチベーション」を刺激するものとして普通一番先に思いつくのが、報酬ということになるかもしれない。具体的なお金(賞金)やトロフィーといったものがダーツの場合の報酬ということになるだろう。確かにこれらの目に見える報酬も「モチベーション」を上げる一つの要素ではある。しかし実は人間の場合、物質的満足より精神的満足のほうが「モチベーション」を上げるものとしては魅力があるということが知られている。精神的満足は、困難への挑戦や刺激から得られる達成感、誰かのために勝つとかチームのためにがんばるというような所属感、そして自分が他より優れていることを証明したいという気持ちなどから主に得られる。先ほど触れた外的要因というのが目に見える具体的な報酬ということになり、内的要因が今挙げたような精神的満足感ということになる。つまり、これらの二つが相互作用してバランスが取れた状態のとき、モチベーションは最大限に大きくなるのだ。
先ほど「モチベーション」は車のようなものだと例えたが、車だから当然ガソリンが必要になる。報酬や精神的満足感という「モチベーション」を刺激するものは、したがって、この車の燃料となるものと言える。自分にとって、これらの燃料になるものは何かということを出来るだけ具体的に考えてみて欲しい。ダーツをプレイすることから、いったい何を得たいのか。多岐にわたるであろうそれらの事柄を、一つずつ書き出してみるのが良いだろう。そうすることによって、具体的で明確な「ダーツをプレイする理由」が目の前に明らかになってくるからだ。心の中で漠然とわかっているようでも実はあいまいなこれらの理由は、はっきり目で見ることで確実にプレイヤーの「モチベーション」を動かす燃料になるのだ。
車もある。燃料も満タンになった。ここで最後に必要になるのが地図を描くことだ。何のためにプレイするかを明確に出来たとしても、そこまでどんな道筋で行くのかという計画が無ければいつか道に迷い、燃料も尽きる。その地図となるのがゴール設定(目標)ということになる。漠然と「ダーツで日本一になる」というのは夢であって目標とは言い難い。目標には大きく分けて、長期目標と短期目標、結果目標とパフォーマンス目標の4つがあるが、その一番先に「日本一」のような夢があることは素晴らしい動機付けになる。しかし地図としての役割を果たしてくれる目標は、出来るだけ具体的で、期限を区切って設定しなければ効果が無い。ここで具体的な目標というのは、数値化が可能だということだ。例えば「ブルに入れる確率を○%にする」というように数で成果がわかるものがいい。これを、「いつまで」という期限を作って実行するのだ。この数値の設定はあまり無理があってもだめだし、易々とこなせる簡単なものでも意味が無い。自分の現在の実力から考えて、大体50%~70%程度の達成度に設定するといいだろう。このような目標は短期で、パフォーマンス(プレイの技術的な成果)を重視したものだ。また、このような短期パフォーマンス目標の積み重ねとして、もう少し長期に設定した結果目標(○○大会で入賞、○○さんに勝つなどの結果を重視した成果)も持っていたほうがいい。大切なのは、具体的であり、一定の期間内に達成できるゴールを積み重ねていき、大きなゴールを切ることなのだ。
ゴールを設定すると、人間とは自然とそれを達成するために努力しようとするものだ。これによって「モチベーション」も上がる。ただ、その努力をよりスムーズに行えるようにするコツもいくつかあるので、ここでご紹介したい。まず、設定したゴールや目標は細かく紙に書き出して、いつでも見えるところに貼る。よく受験生が鉢巻をして「目指せ東大!」などと書いた紙を貼っているシーンをドラマなどで見るが、あれは実は「モチベーション」を上げるという意味では結構重要なものだ。このように目標などを目に見える形にすることを「視覚化」と言うが、かなり効果があると言われているので、ばかばかしいと思わずぜひ実践してみて欲しい。さらに同じ「視覚化」で言うと、頭の中で行うメンタルリハーサルも同じように効果的だ。ダーツのメンタルリハーサルとは、具体的に試合をシュミレーションしたり、勝ったときのことを映像として頭の中で再現することだ。そのとき感じた嬉しい気持ちや達成感が蘇り、自然と「モチベーション」も上がってくる。
それから、ある目標を設定しても自分がそれを達成できる自信がないと思うとき、頭の中であれこれ考え過ぎても良いことはあまりない。プールで飛び込む前水面を見つめながら、失敗したらどうなるかという様々な悪い想像が押し寄せてくる時が一番怖いものだ。実際に飛び込んでしまえば、たいしたことは無かったと感じるだろう。それと同じで、取りあえず身体を動かしてみると案外簡単に目標をクリア出来たりする。頭で考えるより、まず行動を心がけよう。
前回集中を高めるときに「オナマトペ」という声を発すると効果があるという話をした。ここでも同じで、自分がポジティブなことを言うのを聞くとやる気や「モチベーション」が上がる。これが「セルフトーク」というもので、「勝てる」・「出来る」・「大丈夫」などと声に出して自分に言い聞かせると気分が高揚するのだ。
「モチベーション」が上がり、努力を重ねて、それでも結果が出ないときもある。しかし大切なのは、どんなに挫折してもその場所はまだ行程の途中だということを思い出すことにある。努力は簡単には実らない。しかしそれでもあきらめず、近くの目標を黙々とこなし、最終的なゴールをその視界に見据えることの出来る人だけが、その手に勝利を勝ち取るのだ。
ダーツプレイヤーなら誰でも、「あの大会で優勝してみたい」とか、「上手くなりたい」とか、色々な夢や願いを持っていることだろう。そんな気持ちがあれば、それはその人を動かす大きな原動力になる。それが「モチベーション」の最初の一歩だ。そこからスタートを切って、いかに自分の「モチベーション」を大きく育てるかという方法をここに紹介してきた訳だが、人にはそれぞれのペースや状況などがある。各プレイヤーが自分らしいゴール設定や、自分に合った「モチベーション」上げのテクニックをこの中から見つけてくれたらとても嬉しい。
過去の連載で紹介した集中方などとも合わせて利用し、己が定めたダーツの「道」を着実にゆっくり登って行けば、そこには必ず新しい自分が待っていることだろう。