Vol.84 フィル・テイラー引退
DOLLiS 灰田 裕一郎

2017年3月

フィル・テイラーが今年限りでの現役引退を発表した。ついにこの時がきてしまったか…と、寂しい気持ちになった。
フィル・テイラーは、ここ1年以上主要タイトルを手にしていない。精神的にも体力的にも厳しい状態であることは否めない。それでもフィルは常に気持ちを奮いたたせ、世界の頂点でプレイし続けてきた。
しかし、もう限界にきてしまったようだ。いや、とっくに限界は過ぎていたのかもしれない。
フィルの引退発表は多くのダーツファンを悲しませたが、今年いっぱいはプレイするということで、ファンにとっては、ありがたい猶予が与えられた。2017年は彼のプレイをこの目に焼き付け、心に刻んでおかなければならない。生ける伝説のラストイヤーとなったのである。

この雑誌の読者にフィル・テイラーがどれほど凄いプレイヤーなのかを説明する必要はないと思うが、一応簡単な経歴をみてみよう。
フィル・テイラーは1960年8月13日生まれ、今年で57歳。これまで20年以上にわたって世界トップの座に君臨し、世界記録を次々に破っては、その記録を自身で塗り替えてきたダーツ界の生ける伝説だ。
無論日本のダーツ界でも、最も知名度の高い外国人ダーツプレイヤーであることは間違いない。
ソフトダーツしかプレイしない人でも、フィル・テイラーという名前は誰しも聞いたことがあるだろう。
世界選手権を制覇すること16回、メジャータイトルは89勝、9ダーツ達成19回、どれをとっても他の選手とは桁違い、間違いなく史上最高のダーツプレイヤーである。

なかでも世界選手権16回制覇(PDC14回、BDO2回)というのは超人的な記録だ。
PDC世界選手権(ワールドチャンピオンシップ)はこれまで24回開催されているが、そのうち半分以上をフィル・テイラーが優勝している。
そのため、24年の歴史の中で、PDCの世界チャンピオンになることができたのは、フィル以外には僅か6人しかいない。
その6人のうちフィル・テイラーを倒してチャンピオンになったデニス・プリストリー、ジョン・パート、レイモンド・ヴァン バーナベルト、ギャリー・アンダーソンの4人だけはトゥルーチャンピオン(真の王者)と呼ばれ別格扱いされている。
フィル・テイラーを倒していなければ、本当のチャンピオンではない!とされてしまうほどに、フィル・テイラーは世界最高のプレイヤーだと認められているのだ。
ダーツに方程式があるとするならばそれは「ダーツ × 世界チャンピオン = フィル・テイラー」になると思う。

それほどフィル・テイラーは強く、世界のダーツシーンは彼を中心にまわっていた。
フィル・テイラーによって世界のダーツレベルは引き上げられ、フィル・テイラーを倒すべく打つ!それが当たり前になった。
フィル・テイラーなくして今のダーツ界は語れないのである。
引退を発表してからのフィル・テイラーは実に生き生きとプレイしているように見える。ラストイヤーであるということを、まるで自分の残してきた足跡を確かめるかのように。1試合1試合、1投1投を噛み締めているようにも感じる。
試合中に笑顔が垣間見えることも多くなった。純粋にダーツを楽しんでいるようだ。
対戦相手も同様だ。これが最後の対戦になるかもしれない…。そう思いながら、フィル・テイラーとの対戦に挑んでいるのであろう。
「今年で引退」といっても、その強さは衰えを知らない。引退が決まってもなお、強さを求め続けているその姿には頭がさがる思いだ。

実は筆者が最初に買ったマイダーツは何を隠そうフィル・テイラーモデルである。
通っていたビリヤード場にダーツマシンが置かれ、そのうち興味本位でダーツを投げるようになった。そんなとき「世界チャンピオン使用」と書かれたダーツに目がとまった。
世界チャンピオンが使っているダーツだから間違いない…といういかにも素人な判断で購入した。
良さなんて何もわからない、世界チャンピオンが使っているのだから良いに決まっている。そう思って投げているうちに、ダーツの魅力にとりつかれてしまった。
自分と同じように「フィル・テイラーのダーツ」だからという理由で彼のダーツを買った人は世界に2万人いる。これを読んでいる人のなかにもきっといるはずだ。

その後しばらくは世界チャンピオンらしい、フィル・テイラーとかいう人のダーツを使っていたが、本人の姿を見ることができたのはその後、何年も経ってからのことだった。
偶然みたケーブルテレビで彼はトロフィーを持って笑っていた。「この人がフィル・テイラーか…」どれだけ凄いプレイヤーか、その時はまだ分かっていなかったが、良いダーツを買ったのだなという満足感は得られた。
しかし残念なことに、彼の姿を見ることができたころには、自分は別のダーツを愛用していて、フィル・テイラーのダーツはもう使っていなかった。
時は経ち2017年、フィル・テイラーが年内での引退を発表。不意に最初に買ったダーツのことが思い浮かんだ。
ダーツを保管している箱を探ってみた。
…あった。最初に買ったフィル・テイラーCC885がまだ残っていた。なぜか2本だけ…。残り1本はどこへいった?
何もわからず買ったフィル・テイラーのダーツ。2本しか残っていないが、これは宝物として大切にとっておこうと思う。

先日フィル・テイラーのニューモデルが発表された。
TARGET社
POWER-9FIVE GENERATION4
もしかしたらこれが最後になるかもしれない、ラストジェネレーションモデルだ。見た感じはユニコーン在籍時代のフェーズ5と言われるモデルによく似ている。
フィル・テイラー史上1番強かったと言われる時期に使用していたダーツで、直近で最後に世界チャンピオンになった時に使用していたダーツでもある。
フェーズ5は彼がターゲットに移籍してからも、引き続き販売されており、今なお人気が衰えない世界で1番売れたダーツである。
今回ターゲットから発売されるフィルのニューモデルは、そのフェーズ5をほぼそのままリファインしたモデルになっている。
彼がラストイヤーにかける想い、そして、もう1度。最後に世界チャンピオンになるという意気込みが感じられるモデルである。

今年で57歳になるプレイヤーが現役最後にもう1度、世界チャンピオンに挑戦する。ダーツ以外のスポーツ競技では考えられない年齢だ。
前回は52歳で16回目の世界チャンピオンになった。きっとフィル・テイラーなら今回もやってくれるに違いない。最後の挑戦を世界中のダーツファンが注目し、期待している。
間違いなく史上最高のダーツプレイヤーだ。彼が現役でプレイしている時代に生まれ、この目で見ることができたことにとても幸せを感じている。

そんな偉大なダーツプレイヤーが今年限りでステージからいなくなる。
そこに存在することが当たり前、勝つことが当たり前だったフィル・テイラー。「引退」と言われても正直なところ実感がわかない。ましてやフィル・テイラーがいないPDCなど想像できない。
今シーズンが終わり、本当に彼がいなくなってしまったとき、その喪失感から、はじめてフィル・テイラーの引退を実感するのであろう。
フィル・テイラー引退、日々、その時が近づいてきている。