Ayano_column_No.24-Top

No.24 蒼白の蝋人形・鈴木徹プロ

2015年11月

Ayano_column_No.23-Top

禁欲主義者。
古代ギリシャ哲学のストア学派とは、紀元前三世紀始めにローマ帝国を通じて流行した四大学派の一派であり、その倫理は人間の自由意思と自然との一致について説かれている。
【破壊的な衝動は判断の誤りから生まれるが、知者即ち道徳的知的に完全な人はこの種の衝動に苛まされる事はない。】
故に禁欲主義者はストア学派が語源となり「ストイック」と称されるに至った。

競技者として例えるなら、自己に厳しく勤勉な姿勢をみせる者に対し、周囲はそれを「ストイック」と言う。
しかし先にも上げた語源の通り、ストイックとは本来「禁欲的」に有する。つまり「勝ちたい」とか「負けたくない」という自身の欲を望むが故の努力と勤勉さは、その道がいかに険しいものであったとしても、それは真の意味でのストイックとは異なるのではないだろうか…

鈴木徹プロ。
私が彼を初めて認識した時の衝撃は、生涯忘れる事はできないでしょう。
それは私にとって初恋にもよく似た症状。スローラインに立つ彼に目を奪われた瞬間、身体のありとあらゆる細胞の動きは止められ、聴覚からは雑音が一切消えると共に自身の鼓動だけが高鳴り、歪んだ視界にただひとつ鮮明に映る…その姿はまるで、透きとおった刃を背負って立つ真っ白な蝋人形さながら。
雑踏の中で物静かに動き始めた彼を呼び止め言葉を交わしてみると、その純朴さに尚のこと魅かれ、計らずしも彼は私の心臓を鷲掴みにしてしまった。
一見すれば挙動不審とも見紛う低姿勢で、未熟な言葉を拾い集めながら必死に挨拶と受け答えを済ませると、鈴木徹プロは深々と頭を下げゆっくりと私の視界から消えて行った。同時に彼は私の心臓をえぐり取り、持ち去ってしまった…。

以前から鈴木徹プロを熱狂的に応援しているファンに、彼の試合に関する事やイメージ等を聞く事が出来た。
移籍前のプロ団体での一戦。著名な選手相手に凛として挑む…青白い顔と、無地で真っ黒なポロシャツ。リアクション等一切なく、淡々と投げ続けあっという間に2レグを先制した。が、負けてしまった。
その時の印象を観戦者側からは、悔しいのか信じられないのか、何とも言えぬ表情で呆然としている様に見えた、と。それは不慮の事故に遭って一時的に記憶を喪失してしまった人の様な姿…という事だろうか。

そして彼の中に眠る「狂気」を垣間見た時についても語ってくれた。

相変わらずの青白い顔と黒いポロシャツ。壇上にて最前線トッププロの著名選手に挑む試合。格上の相手にも果敢に追い付き追い詰め追い込み、決死の思いで奪い取った一勝。凍てつく刃を剥き出し、決して折れることなく我が道を割いて進まんとする精神…突如天から舞い降りてきた使徒の如く、その「化け物」は観客を驚愕させ、そして微笑を浮かべた。
これぞ狂気!
人にして人にあらず、この世に生きるもこの世のモノとは思えず。
なぜこんなにも冷たく強く脆く尊く感じてしまうのか?白く美しいその素肌の下に、血液は通っているのか、体温を持っているのかですら疑ってしまう。
しかしその「化け物」は、その脅威に似つかわしくない純朴な性質も持ち合わせていた。

熱狂的なファンから、ダーツケースへのサインを求められた、鈴木徹プロ。
不慣れな事態にも精一杯応えようと懸命に「ありがとうございます。でもサインの経験が無く…。」と。
お世辞にも上手とは言えない字体で、小学生並みな漢字フルネームで名を書き、そしてスポンサードを受けるメーカー名を誤った表記で書き残してしまった。「鈴木徹・ムンスター」と。天然にも程がある。
こんな経緯と誤字すら、ファンにとっては思い出と宝物にさせてしまう。

鈴木徹プロ。
誰もが目を奪われる程の美しい外見と、その内に秘めた冷たく透き通る刃を武器に、真っ直ぐに勝ち上がろうとする、狂気的な競技者。
どう見ても人見知りにしか思えない挙動不審さで、誠意を尽くそうと不器用なトーク術を空回りさせる、純朴な好青年。
他から愛される理由は一目瞭然。

欲を見せぬ「ストイック」な彼は、この先に進むためにきっと乗り越えていかなければいけない課題は山のようにあるでしょう。
例えるなら、自身が勝者になるなら相手は敗者になるという事実。他人の返り血を浴びて、屍を踏みつけて進まなければならぬ覚悟。
清純と正義だけでは打ち砕けぬ猛威が、今其処に在るのだから。

私からえぐり取り持ち去った心臓を喰らい、その狂気を覚醒させて生き抜いてくれることを切に願う。

蒼き炎を纏いて…