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No.15 「パンドラの箱」

2014年5月

それは、この世の厄災の全てを閉じ込められた箱。その箱を預かっていた完全無欠の女神パンドラが己の好奇心に負けて開けてしまったことで、人間に災いを振りまいたとされる説。

故に、美しき女性とは災いをもたらす種となると言われています。ですが、物事の見方を変えれば、災いこそが人間に知恵を与えるきっかけになったとも言えるのではないでしょうか?

ダーツという競技の中で現代の日本国内では、プロライセンス取得者が今も尚増え続け、ダーツを趣味や特技とする人口と、ビジネスや生活の一部とする人口が同等に存在するようになりました。

ダーツという趣向の虜になっている人達には、プロにもアマチュアにも相違なく「今」に繋がる同じスタート地点があったのです。その地点とは二つ。ダーツを始めたきっかけと、ダーツを続けているきっかけです。

一般的に多く耳にするのが「誰かの付き合いで投げてみた」とか「興味は無かったが周りがやっていたので」など…最初はなんとなく始めたという話。とくに女性に多いのが「彼氏に連れられてダーツを投げた」という、いわゆる扉を開けた馴れ初め。
そこには大した理由もなく、興味本位や遊びの一角でしかなく、最初から競技志向の人など全くと言って良い程存在しなかったでしょう。
現代の日本プロフェッショナルの頂点を走り抜けるトッププレイヤー達も、最初にダーツを握り的に向けて投げた事に大義があったわけでもなく、初めから自身に才能を感じていた人など皆無。
ではもう一つの…ダーツを続ける運びとなったきっかけ。これこそが先のダーツという競技に対する姿勢に繋がり、プレイヤーとしての明暗を分け隔てる芯となっているのです。

そもそも前線で活躍するトッププロの取材記事などに目を通してみたり、実際に会って話を聞いてみると、最初から順風満帆で才能を確信していた選手は一人もいないと気づかされます。
シチュエーションは各々違えど、トッププロたちがダーツの世界の扉を開け、自らの足を踏み入れる事となった最初の火種とは「悔しい」という思いでした。
楽しいだけのゲーム感覚から一変、ほんの僅かな要因が自らに齎した敗北感。これが、これこそが、頂点への道を開いた第一歩だったのです。
恐らくは、ダーツ台にプログラムされている初心者向けのプラクティスゲームやパーティーゲームでは、特にメンタルが勝敗に左右される事もなく、投げたい場所へダーツが飛んでいれば楽しかったであろう頃、そんな自己満足や自意識過剰が到底及ばない…どんなに願っても祈っても勝ち目の無い相手に惨敗した時、初めて己の未熟さと圧倒的な技術と知識の差を痛感させられたのではないでしょうか。遥か昔の私自身がそうであったように。

「失敗は成功の元」とは良く言ったものです。一度も壁に当たらずに進める人は痛みを知らずにいられる代わりに、乗り越える為の知識も困難に打ち勝つ術も、ましてや他人に救われる有難味すら知らず、無能な暴君へと肥しを膨らますばかり。それは真の成功者とは言えませんね。
敗北とは壁です。自分自身の目前に突如そびえ立ち天高く積み上げられた絶壁です。

それを受け止め、扉を見つけて開こうと悪戦苦闘してみたり、乗り越えるために自分の足元を固めたり、どんなに遠回りをしても回避してみようと試行錯誤を繰り返したり、経験豊富な人に助けを求めたり。それが、現トッププレイヤー達の「努力」の始まりだったのでしょう。

褒められて伸びて、他人との格差を付けられず、今の自分には泣いても喚いてもどうする事も出来ないと認めざるを得ない苦しみを知らない…そんな「ゆとり教育」は、競技の世界では全く以て通用しません。
だからこそ強さを求めた人たちが必ずと言って良い程、自分で見出し作り上げていく登竜門。例えば、絶対不落の壁に体当たりして木っ端微塵に砕けてみよう!と。
手ごろな同等レベルの対戦相手では無く、今の自分には手も足も出ないような相手に、本気で挑んで瞬殺されてみようとする意義。その時は恐れや恥ずかしさなど感じる事もなく、寧ろ武者震いをしながら戦える悦びに高揚したことでしょう。
この時、彼らは気づかぬうちに禁断の境界線を超えていました。そうです、パンドラの箱の蓋を開けてしまったのです。

この世の全ての災いの詰まったパンドラの箱の底には、全能の神ゼウスが最初に入れたとされるモノ「希望」がありました。
どんな辛い思いをしても希望を与える事で乗り切れるであろうという慈悲に思えますが、この「希望」こそが人生で最大の災いでもあります。希望を持ち続けていれば、絶望する事が出来ないからです。
絶望とは即ち諦める意志。ほんの僅かにでも希望を捨てきれずにいる人は、諦める事ができず、必死にしがみついて生き延びるしか無いのです。

持論ではありますが、これこそが「パンドラの箱」の本当の意味ではないでしょうか?

何度も敗北感を味わいながらも、それを経験と置き換え闇雲に強さを求め続け、勝ち上がろうと奮闘する選手たち。
そしてその雄姿に希望を見て、羨望の眼差しで後を追う者たちもまた、無意識のうちにパンドラの箱を開けてしまっているのです。

この神話の中にはもう一つ、忘れてはいけない教訓も隠されています。

完全無欠の女神パンドラが蓋を開けた事により災いが振りまかれ、同時に人間に知識と文化を与えた。つまり美しい女性は災いの種でもあり、文化の兆しでもあるという事です。

男性の競技としてだけでは、ここまで飛躍して成り立つ事はなかったであろう、ダーツという業界。

華々しい女性たちが表舞台で活躍する場が増え、改めて幅広い企業へ発展していったのも事実。女性の美しさと好奇心は、男性たちの争い事の中心となり、知識と文化を広げ、市場を動かす最大の鍵となり得るのです。

女性の存在そのものが男性を虜にし、艶めかしい甘い棘で男性を奮い立たせる象徴でもあるのですから…。

ひとたび開けてしまった蓋は、閉じることができても元に戻す事はできません。
諦めきれない思いから目を背けて逃げ出す事は安易で儚い弱さ。受け入れて我武者羅に進もうとするのは強き心。

パンドラの箱を開けてしまった迷える羊たちよ。甘い闇の中でもがき続けろ!